デイヴィッド・ホックニー展
行っていたのにレビューを書いていなかった展覧会、シリーズ第6弾…思っていた以上に溜まってます。
今回は、東京都現代美術館で2023年7月から11月にかけて開催されていた「デイヴィッド・ホックニー」展です。
雑誌の年内開催の展覧会情報を見て、「あら、めずらしい人が。これは行っておこう」と年初から思っていたのです。ただですね、この美術館、駅からのアクセス悪くて毎回行くのに気乗りしない場所なのが難点で。自分を奮い立たせるまでに少々時間がかかり、行きたいと思った割に実際に訪れたのは会期中頃、レビューを書く至っては年明けになるという有様でした。
27年ぶりの大規模個展
そう、日本国内での大きな個展開催は27年ぶりだったそうで、確かにレアものでした。
デイヴィッド・ホックニー (David Hockney) は1936年イギリス生まれ、絵画だけでなく版画・写真・舞台にも取り組んでいる、20世紀を代表するアーティストの一人です。
と、もっともらしく説明していますが、実は私、あまりホックニーの作品に馴染みがありません。
この展覧会を見に行く前に知っていた作品は一つだけ、BBCのラジオ番組『100のモノが語る世界の歴史 (A History of the World in 100 Objects)』の同名タイトルの書籍版で紹介されていた『退屈な村で (In the dull village)』という版画でした。ベッドで上半身裸で寝そべる二人の男性、という作品のモチーフが、1960年代のイギリス社会では衝撃的だったというのは説明なしでも容易に想像がつくため、自己の内面を描くアーティストだとばかり思っていたのです。
でもこの個展で、ホックニーの作品を一通り見て、私のイメージって本当に浅かったんだなって反省しました。
二次元芸術の在り方追求
会場内の解説にも、カタログ(そう、なぜか気に入ってしまって久々にカタログまで買っちゃったんですよ)にも載っていますが、確かにこの人は、二次元のキャンバスやパネルの中に、私たちが存在している世界をどう表現するか、ということを真剣に考えていった人なんだというのがわかります。
その間の試行の方向性は様々で、アクリルパネルで表現されたちょっと人工的なアメリカ西海岸の様子だったり、油彩で描く知り合いの肖像画や、キュビズム的な風景画だったり。
私がなんとなく思ったのは、2010年前半くらいまでの作品って、ちょっとよそよそしさがあって、描かれている世界は自分の時代と同じなのに、モチーフと自分は全く別の世界にいる感じってことです。
そんなふうに、なかなか共感できない作品が続いてはいたんですけれど、『両親 (My Parents)』という、部屋で椅子に座る両親を描いた肖像画は、とても印象に残っています。
無彩色の壁を背に、まっすぐ前を向いて座る母親に対して、膝に置いた本に目を向けて少し猫背の父親。そして二人の間にあるチェストには、さりげなくチューリップを生けた花瓶と、絵が映り込んでいる鏡、そしてシャルダン (Jean Siméon Chardin)の画集。
版画好きなので、ピカソに影響を受けたという版画集『ブルー・ギター (The Blue Guiter)』に収められた作品も素敵でした。
美術学校できちんと勉強した人が、自身の作品で意図的に試みていることなのが明らかで、いずれも心に訴えかけるというよりもむしろ、知的な絵です。
イギリス的な自然への回帰
それに対してホックニーが60歳を過ぎて、自分に身近な郊外の自然を描き始めてからの作品には、心惹かれます。
自分の親と話していると、人間、歳をとると自分が若い頃に身近にあった心の原風景みたいなものに立ち戻るようなのですが、もしかしたらホックニーもそんな気持ちなのかもしれません。
『四季、ウォルドゲートの木々 (The Four Seasons, Woldgate Woods)』は、なんということもない森の景色を、鑑賞者の前後左右にそれぞれ9つ置かれたモニタに映した作品なんですけれど、四季の変化がこんなにも静かで美しいものだったのか、と再認識させられました。
iPadの画面から生み出された90メートルの大作
そんな美しい自然、の延長線にあるのが、今回の展覧会の目玉でもある『ノルマンディーの12か月 (A Year in Normandy)』じゃないかな、と思います。
コロナウィルスのパンデミックの間、彼が移住したノルマンディーで取り組んだ90メートルの大作。自然の移り変わりを流れるように描いていますが、これ、キャンバスに絵筆で描いたのではなく、iPadで描いた画像を引き延ばしたものです。
解説にはこの地に伝わるバイユーのタペストリーに影響を受けたものだとありましたが、日本人の私にとっては、これは大きな絵巻物だと思います。
作画ソフトでシンプルに描かれた感じで、ペンの線は荒く、点描画のごとく点や線で描かれていたりするんですけれど、作品のスケールと、描かれている自然に対してホックニー自身が見出した美しさを絵から感じ取って、グッときちゃったんですよね。コンピュータグラフィックの景色に感動するなんて、本当に、自分でも意外でした。
活動期間の長いアーティスト
2022年に開催されたゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)の個展を見たときも思ったのですが、リヒターにしろ、ホックニーにしろ、若い時からアートシーンで活躍して、90歳まで生きていれば、作風がどんどん変化するのはあたりまえで、この画家の特徴はこういうもの、という定義づけ、しにくくなってきます。
一昔前でいうとピカソなんかもそうで、ある時期の作品だけ見て、自分の好みかどうか、とか理解できるかどうか、という判断をするともったいないですね。
存命中の海外アーティストの大規模個展って、日本ではあまり見る機会はないので、そういう意味でも希少な展覧会だったと思います。
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