テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする
神社仏閣への初詣をせずに、年始早々に美術館に行くのがここ数年の習慣になっている私。2025年最初に選んだのが、東京ステーションギャラリーで1月5日まで開催している『テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする』展です。
終了まで4日を切っていましたが、1月2日午前中ということで、東京駅自体はインバウンドの外国人で賑わっていたものの、展覧会はストレスフリーで見ることができました。
コンランショップ持ち込み企画
叙勲されたのでSirの称号がついている、テレンス・コンラン(Terence Orby Conran)は20世紀後半から21世紀初頭に活躍したイギリス人。元々はテキスタイル・家具デザイナーとしてキャリアを積み始めた人ですが、そこから生活用品、居住空間や都市生活と関心を広げた結果として、生活雑貨や家具を扱う店舗やレストラン経営、都市開発への関与など、ロンドンを拠点にデザインを通した事業を広げていったプロデューサー、あるいは実業家といったほうが相応しいかと思われます。
そんな、”イギリスの生活文化に大きな変化をもたらし、デザインブームの火付け役にもなったコンランの人物像に迫る日本初の展覧会”が、この企画展です。美術手帖の記事によると、これ、元々コンランショップ・ジャパンの持ち込み企画らしいです。
正直なところ個人的には、今の東京における「ザ・コンランショップ」に対してはそれほど思い入れはありません。けれどもオアシス(Oasis)の音楽やリチャード・カーティス(Richard Curtis)の映画をきっかけにロンドンという場所に憧れを抱いた頃に、西新宿にできた「ザ・コンランショップ」を初めて訪れた時の感激を思い返すと、これは見逃せないな、と思ったんですよね。
企画は8章構成になっていましたが、大雑把に見ると、コンランの業績に対して、デザイナーとしての作品、ホームファニシング事業、レストラン事業の都市展開、私的な空間(自邸)と公共空間でのデザインの体現、という視点が見える気がします。
デザイナーとしてのコンラン
一番意外だったのが、最初に紹介されるデザイナーとしてのコンランの作品でした。元々テキスタイルのためにデザインしたのが食器にも展開された『チェッカーズ』にしても、ポスターにも掲載されている『コーン・チェア』にしても、彼の若い頃のデザインというのは、洗練されたシンプルさではなくて、少々牧歌的な素朴さ寄りなんです。
カッチリと幾何学的なデザインではない、この自然っぽい感じ。コンランがモダンデザインだけではなく、19世紀イギリスで粗悪な大量生産の製品に手工業的丁寧さと芸術性を取り戻そうとしたムーヴメントであるアーツ・アンド・クラフツの影響を受けているという解説を見れば合点がいきます。
あと、「ザ・コンランショップ」の前に始めた事業が「ハビタ」だったのは初耳で、1980年代に池袋西武が展開していた「ハビタ」を知る、東京・池袋育ちの私にとっては感慨深くもありました。自分が思っていた以上に、この人の影響を受けているんだろうなと。
作品とは関係ないんですが、この章でコンランの功績を語るインタビューの映像が、ブラウン管のテレビに映されているのが、展示品と非常にマッチして、微笑ましかったです。
レストラン事業の紹介は少々残念
一方、展覧会展示としては弱かったと思わざるを得なかったのが、「食とレストラン」の章です。彼が開いたいくつものレストランが、ヨーロッパにおける食の不毛地帯であったロンドンで、徐々にお洒落にまともなものが食べられるようになったことに対して貢献していないはずはないんです。
けれども展示資料といえば、レストランの位置を示すイラストだったり、レストランで使われていた灰皿(このご時世なので、すでに”遺物”感はありましたが)程度。ナマモノは排除される博物館・美術館展示ですから、難しいプレゼンテーションだったろうと想像はつくのですが、レストランで供されたときのテーブルセットや、料理の写真など、もう少しあっても良かったんじゃないかと思います。
「バートン・コート」の紹介から思ったこと
展覧会後半の主要展示が、コンランが購入後、リノベーションをして作り上げていった自邸「バートン・コート」の紹介です。
もちろん家そのものを持ってくることはできないので、ここの主な展示は映像と写真なのですが、彼が気に入っていた小物やインテリアの実物がいくつか置かれていて、そのうちの一つが、この『ビバンダムのカーパンプ』。
自邸でコレクションされていたコンランのお気に入りとして見ると、シンプルでシックなデザインのインテリアの中で、こういう遊びがあっても良いんだな、とか、好きなものに囲まれて生活することって大事なんだな、といったことを再認識させられます。展示を超えて、自身のライフスタイルや、自室のインテリアコーディネートに対して、ふと思いを馳せてしまいました。
展覧会チラシ上では、”Plain, Simple, Useful"という彼のモットーを"無駄なくシンプルで機能的"と訳しているんですが、plainって無駄がないんじゃなくて、華美な装飾がない、って意味なんだろうと思います。おそらくですが、テレンス・コンランが洗練さを最初から追求していたわけではなく、素朴でシンプルなものの行き着いた先を見た周囲が、それを洗練しているものと思うようになった、ってことなんじゃないでしょうか。
美術館で開催するほど十分な展示品があったようには思えないんですが、資料と展示を通して、彼が自身の制作活動と事業を通して20世紀後半の都市型のライフスタイルに与えた影響を振り返ることはできたかと思います。そういう意味では、博物館的な回顧展という趣の方が強い展覧会だったかな。