ゴッホと静物画ー伝統から革新へ
行っていたのにレビューを書いていなかった展覧会シリーズ、第8弾。2023年秋から2024年1月まで、新宿のSOMPO美術館で開催されていた『ゴッホと静物画ー伝統から革新へ』展についてです。
私が行ったのは2023年の12月ということで、去年の分はとりあえずこれが最後になります。
所蔵品『ひまわり』を西洋静物画の流れに置く
SOMPOと言えば、東郷青児とゴッホの『ひまわり』。損保ジャパン日本興和の前身である安田火災海上保険がバブルの真っ只中、1987年にこの作品を53億円で購入し、社会がかなりザワついたの、なんとなく覚えています。
今回の企画、2020年に損保ジャパンの本社ビルと別棟で、美術館がリニューアルをした際に開館記念として企画していたものだそうで、コロナウィルスパンデミックの終息によって、ようやく2023年10月から開催されることになった、という展覧会です。
そんな記念の企画ですから、『ひまわり』を思う存分、(ガラスケースの外で)見て下さい、というのがおそらくは一番の売りなんだろうと思われます。
とはいえ、ゴッホ展をやるには、SOMPO美術館のコレクションは足りないし、それなら『ひまわり』の他にいくつかゴッホの静物画を持ってきたうえで、作品を西洋美術静物画の潮流の中で読み解いていこう、といった感じで作られたように見受けられました。
サブタイトルで匂わせる"流れ"はどこに?
約70の作品のうち25点がゴッホの作品で、それが『伝統』『花の静物画』『革新』という3章構成で展示されていました。
ゴッホを含むポスト印象派の作品を「革新」と位置付けて3章で紹介、そうした革新的な作風に至るまでに、ゴッホも17-18世紀オランダ絵画に倣い、このジャンルで多く取り上げられた髑髏や魚、果物・野菜や食器といったモチーフを描いて、自身の作風を模索していた時代もあった、いうのが第1章になります。
その間に、ゴッホの『ひまわり』と今回のもう一つの目玉作品、ファン・ゴッホ美術館所蔵の『アイリス』を紹介するついでに、17世紀から20世紀初頭までの花を主題にした静物画を紹介するという第2章というのが挟まれていました。
このせいか鑑賞している間でも、「伝統から革新へ」というサブタイトルが示したい流れが、スタイルの話なのかモチーフの話なのか、というのが、ちょっと曖昧かなぁ、という感じは否めなかったです。
ゴッホに興味のない私も響いた『アイリス』
MoMAの『星月夜』など、心に残る作品はあるとはいえ、実は私、それほどゴッホに興味があるわけではありません。かなり精神を病んでいるのが絵に出ていて、ちょっと怖いと思うことがあるんですよね。
しかもSOMPOの『ひまわり』、他のゴッホのひまわりと比べると少々見劣りすることもあって、この企画展に行くかどうかも迷っていたくらいなんですが、そんな私の背中を押したのは、ポスターにも使われているファン・ゴッホ美術館所蔵の『アイリス』があったからでした。
会場でも『ひまわり』と『アイリス』が隣同士に配置されていて、非常に見栄えが良かったです。ただ、どちらも同じく黄色い背景に黄色い花瓶の中に生けられた花の絵なので、横並びになると、全体的に黄色なひまわりに比べて、大胆に頬色関係にある紺や青が基調のアイリスの方が断然ドラマティックに見え、『ひまわり』が引き立て役に見えました。
素敵な展示だったけれど、主催者側はあれで良かったんだろうか、とふと思ってしまったり。
ゴッホ以外が意外に良かった
いくら好みでなくても、思いがけない気付きがあるのが企画展で、今回もいくつか気になる作品がありました。
例えばアンリ・ファンタン=ラトゥール(Henri Fantin-Latour)。印象派世代の人なのに写実主義を貫き、けれども当時のアカデミズムには高く認められない花や果物の静物画を描き続けた人です。彼の作品は、古い絵画が沢山あるヨーロッパの美術館や、国立西洋美術館の常設展のようなところで見ると、綺麗なだけで特徴があるように見えないのですが、この展覧会でゴッホの厚塗りの静物画の近くで比較すると、その繊細さが際立つというか。
展示されていたファンタン=ラトゥールの作品は2点。どちらも素敵だったけれど、どちらかというと好みは『プリムラ、洋ナシ、ザクロのある静物(Still Life (Primroses, Pears and Pmegarnates)』。プリムラもザクロも、Nature morte (死した自然、フランス語ではこう言います)というにはあまりに生き生きとしています。
あとはエミール・シュフネッケル(Émile Schuffenecker)の『鉢と果物のある静物』。全然聞いたこともない人でしたが、ゴーギャンやルドンと交流のあったポスト印象派の画家なんですね。全体的にブラシを走らせたような線が、油絵というよりは色鉛筆で書いたみたいタッチに見える絵です。これもピンクとオレンジと赤の同系色と、その補色の少し緑がかった水色が用いられていて、色と雰囲気に惹かれました。
ひまわりがモチーフの絵のなかで一番印象に残っているのが、フレデリック・ウィリアム・フロホーク(Frecerick William Frohawk)の作品。いかにも動物・昆虫学者的な緻密さで、(多分)ダマスク織のカーテンの前の(多分)伊万里の花瓶に活けられた一輪のヒマワリを鮮やかに描いています。器用な人ってなんでもできるんですね。
テーマに興味があるからその展覧会に行くことの方が多いのですが、そういうところで既知のアーティストの別の側面や、全く知らない作品に出会えるのも、企画展の醍醐味です。まぁ、行って損はなかったかな。
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