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無観客のスタジオでテレビ局は「やらせ」への誘惑に耐えられるのだろうか

最近WRESTLE 1というプロレス団体がつぶれた。もともと経営状態が良くないとの報道があったので時間の問題であると考えていた。ただふと頭によぎったのはプロレスの専門学校を主催していたことだ。それを知った時には目先の金のためになりふり構わないのだなと思えた。
そもそも入学金をとるということは体力測定は非常に緩やかなものになるわけで、はじめからレスラーを育てようという意志はさらさらないのだ。

しかし、プロレス専門学校のようなノリの出自で大成した例外的な選手がいる。それは現新日本プロレスの邪道、外道だ。かれらのルーツはビートたけしのラジオ番組であった。無論、企画先行ゆえ長期的なサポートがされることもなく彼らは半ば棄民のようになった。そして数々のインディー団体を渡り歩き今の地位に登りつめた。

最近そのようなケースをもう一人知ることになった。松永光弘だ。
彼はテレビ番組「天才たけしの元気が出るテレビ」のコーナーであるプロレス予備校の出身であった。これも邪道、外道の時と同じようにいつしか企画自体が立ち消えになり、そこから這い上がるのは本人の自助のみということになる。



本人のブログにもテレビ番組の撮影時のことが触れられている。そこから知るのはいかに昭和のテレビが「やらせ」という概念すら疑わずに作られていたかということだ。

松永は撮影時にタイガーマスクの格好をして臨む。
番組では40~50人の参加者がおりその中に数人のマスクマンの姿があるが、実際には松永以外はサクラだったという。


身体測定、体力検査の模様が流されるが参加者全員にせずにテレビに放映するためだけの数人程度であった。

元気が出るテレビは他にも人気企画を産み出しており、それらは2種類に分けられる。タレントだけで成り立つものと、素人を募るもの。
後者の中には「勇気を出して初めての告白」がある。

これに関しては、人づてに素人とされる高校生が劇団員所属という事も聞き、当時もさして裏切られたという気持ちも起きなかったが、松永の件を聞くとここまで「やらせ」が横行していたのかと驚かされる。
番組の最後には視聴者の番組企画への募集をしていたのだから、作り手の罪悪感は麻痺していたのだろう。

近年コンプライアンスが叫ばれ、その中には「やらせ」に関するものも含まれる。
でもそれ以前に、これだけネットが発達し視聴者、番組参加者、番組観覧者の監視があると、「やらせ」を出来る土壌にないだろう。
だから、作り手のモラルが向上して「やらせ」が減ったというよりも、物理的に出来なくなったことに要因の方が大きいのではないか。

しかし、このコロナ禍で番組作りの手法が大きく変わった。無観客でやることになったのだ。だからスタジオには関係者しかおらず情報が漏れる可能性は極めて低い。
不況下で制作費、時間的余裕が逼迫するなかで作り手は「やらせ」の誘惑にたえられるのだろうか。

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