関電問題と京都での学生時代ー後編

京都の市井の人に残る差別意識に乗じた社会的な歪や利権構造のようなものもあった。実際、平成時代でも地元のテレビニュースで同和問題に切り込んだものがあった。例えば市役所の職員による薬物やカラ出勤の報道時には雇用における優遇措置にも触れられていたはずだ。覚えているのは職員へのインタヴューで、一連の不祥事報道に対して、不況下での妬みのようなものが根底にあるのではないかと答えていたことだ。
確かに、景気が悪化していく中で公務員に対して羨望が高まり、現業分野に対してはほとんどコネではないかという不確かな情報まで聞くに及んだ。

一昔前になるが、奈良の清掃業に従事する公務員がお互いにタイムカードを押し合い午前中で勤務を切り上げ、また県の土地に自前のトレーニング施設を造り勤務時間にも関わらずそこでかなりの時間を過ごしていたという。新しく着任した区議会議員が目を覆う退廃に呆れ問題提起したため全国的なニュースとして取り上げられた。ただそれでも関東圏の報道では表面的な切り口でしかなかった。

自分は関東、関西両方で暮らしたことがあるが、両方に被差別部落は存在していたのになぜここまで認識に差があるのかと疑問だった。思うにそれは人の流動性にあるのではないだろうか。
東京は田舎者の街といわれるように、人の入れ替わりが激しいためネガティブな因習も継承されないのではないだろうか。かつて渡部昇一氏が述べていたが明治維新の時に幕府側は兵が足りず男であるならば誰でも軍人として採用したので、そこから身分差別がなくなりだしたという。
似たような話でベトナム戦争時にも分け隔てない徴兵制が黒人差別解消に一役買ったような事を聞いたことがある。
一方、京都はというと共産党が強く革新的な街とも言われるが、逆だ。中央の資本の流入を拒み続けたのが共産党だから保守的な街といっても過言ではない。そんな土地柄だからドメスティックで住人は固定化されがちだ。

自分は学生時代、京都の土着の零細企業でアルバイトしていた時のこと。何やら女性の事務員が電話対応で戸惑っている。それを見ていた社長が察したのだろう、こう言った。「向こうは差別は悪いと思いますか、と電話してくる。そんなもんは悪いに決まっている」その後対処法らしき事を述べていたが詳細は覚えていない。ただそのやり取りをみて未だにそんなことがあるのかと思った。
そんな経験を忘れかけた頃ブックオフで電話帳の2倍近いもあろうかという函に入った辞典のようなものが陳列されていた。背表紙を見ると「部落差別の歴史」といったタイトルだったと思う。手に取ると紙の一枚一枚が画用紙のように分厚く中身はほとんど余白で写真、年表と説明書きが申し訳程度に添えられていた。値段を見ると更に驚かされた。正確には覚えていないが定価6万、7万そんな数字だったはずだ。

おそらく関電役員の汚職問題は、関東と関西のメデイア報道の乖離は続くと思う。エビデンスは第一だがそれのみに引きづられ、もしかしたら現場を支配していたかもしれない空気も丹念に読み取らないと事の本質を捉え損ねてしまうのではないだろうか。

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