千回転,億回転,垓回転
実験グループとの共同研究で,液体金属流体運動を用いたスピン流生成の実証実験の論文が,Nature Communications誌に掲載されましたので,その宣伝をさせてください.
理論予言通りに流体が層流状態と乱流状態 で得られるスピン流信号のスケーリング則が変わることを示した実験データが最初に出たときには,興奮しました.
今回の実証実験論文のプレスリリースは,日経新聞にも取り上げていただきました.
2016年に我々が報告したのは,乱流状態の液体金属流体の渦度勾配からスピン流が生成されるというものでした.
この実験.石英管に液体金属を流すだけで,パイプに沿った方向に(外部磁場なしで)電圧が生じる,というとてもシンプルなものです(Nature Physics誌に掲載された実験の中でも抜群のシンプルさじゃないかなと思っています).
設定はたしかにシンプルなのですが,その機構はそうでもありません.
私はここ10数年来,電子が内在的にもっているスピンと呼ばれる角運動量の流れを制御する研究を続けています.特に,渦度と呼ばれる物理量で特徴づけられる巨視的な回転運動のもつ力学的角運動量が,電子のスピンと相互作用することを用いて,金属が流体運動や弾性運動のように,局所回転運動するような状況を作れば,スピンの揃った電子集団の流れを生み出せることを理論的に見出しました.
実際,乱流状態の液体金属流体については,こちらの論文で現象論的理論と実証実験の結果を報告しました.
また,非磁性金属でも銅のようなスピン軌道相互作用が小さいために従来はスピン流生成源に適さないと思われていた,ありふれた金属に,表面弾性波と呼ばれる局所回転運動を引き起こすことで,スピン流が生成できることも理論予言通りに,実験で実証されました.
磁性体に表面弾性波を発生させて,スピン波と呼ばれるスピンの流れを起こすことにも成功しました.
(このアニメーションは能崎研の立野くんに作成していただきました!)
これらはすべて渦度とよばれる局所回転の分布を使っています.力学回転の自由度を活用したスピントロニクスを考えるという研究を始めた当初のアイデアは,剛体回転を使うものでした.
磁場をかけながら回転させるとスピン流がでるということを理論的に示したのですが...
問題はこれをどうやって測定するのか.発生したスピン流の信号を電気的に測定する場合には,1秒間に1万回転する回転体に電極をつける?高速回転体に電極をつけて電気信号を測定する方法自体は存在するのですが,スピン流由来の信号強度はとても小さいので,回転に伴う摩擦で発生するノイズが邪魔してしまうのです.発生したスピン流の信号を電気的に測定する場合には,1秒間に1万回転する回転体に電極をつける?高速回転体に電極をつけて電気信号を測定する方法自体は存在するのですが,スピン流由来の信号強度はとても小さいので,回転に伴う摩擦で発生するノイズが邪魔してしまうのです.
この問題,York大の廣畑さんのグループで,光と磁気の相互作用を使った非接触測定によって解決していただきました.
ここまでは,物体の力学的な角運動量からスピン流を作るという話.スピン流を物体に注入すると物体に角運動量が与えられて振動するという「逆過程」も実証実験に成功しています.
このように,渦度とスピンとの相互作用に関する研究結果が続々と出始めているのですが,類似の現象が高エネルギー物理学でも報告されています.
ハドロンの重イオン衝突実験で生成される巨大な渦度がクォークやグルオンに作用し,スピン偏極したハドロンが観測されたことが,2017年のNature誌にて報告されました.
上記の乱流状態における液体金属流体運動の渦度を用いた電子スピン流生成論文が,こちらの重イオン衝突実験の論文に引用されていたことから,この報告を知りました(Google Scholarのアラートで気づきました) .
実を言うと(?),私は大学院まではハドロン物理の理論を研究していたのですが,物性に分野替えをしたのでした.物性物理に移ってからは,来る日も来る日も「電子スピンと回転」について思いを巡らしていたのですが,すっかりとハドロン物理の動向に疎くなっていた頃に,この報告を知って,心臓が急にバクバクするほどに興奮したのを思い出します(このアラートの内容は,すぐに共同研究者に知らせました).
流体系で実現される渦度はkHz(キロ=10の3乗=1000)程度(1秒間に数千回転),表面弾性波の場合はGHz(ギガ=10の9乗=1000000000)程度のオーダーの角速度(1秒間に10億回転くらい).一方で,ハドロン系では,ZHz(ゼタへるつ,ゼタは10の21乗=1000000000000000000000ですって!,1秒間に10垓回転!).おそらくは地球上で実現できる最高速の回転運動ではないでしょうか.
それくらいスケールの違う世界で,渦度とスピンが結びついているというのは,驚きです.
物性側でスピンと渦度のことを調べていた私が,しばらく疎遠だったハドロンの方々と交流をさせていただくことも増えました.スピン自由度を含むように拡張した流体力学では,回転自由度に伴う「回転粘性」が現れるのですが,その高エネルギー物理学版があることを理論的に示したものがこちらです.
物性物理と素粒子物理で類似の現象が普遍的に出現するというのは今回のことに限りません.物性の知見が高エネルギー物理学に活用され,またその逆もあって,分野を超え,エネルギー階層を越えた交流というのは,物理学研究の醍醐味の一つかもしれません.
この辺の事情について興味を持たれた方は,数理科学2019年1月号に「スピン流はめぐる」という(どこかで見たようなタイトルの)解説記事を書きましたので,ご覧いただけると幸いです(下記頁から著者最終稿を入手いただけます).
物理学会誌に掲載された解説記事も併せてご覧ください.
http://mmatsuo.com/wp-content/uploads/2017/12/d885f4ddeaf224943a2d9cf9baff9eed.pdf
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