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【研究のススメかた】リジェクションとNothing Personal


1. 記事の狙いと想定読者層

研究を進めるうえでのTIPSをまとめていくシリーズです。大学や大学院での研究に関して、お読みいただいている皆さまになにかしら示唆をご提供できればという思いで書いています。

読者層として、今回は「大学院等の研究機関で研究活動に取り組む」人たちを想定しています。テーマとして取り上げるのは、研究活動を進めるうえで縁が切れることはまずないであろう事象――「リジェクション」との向き合いかたについて。

2. 「リジェクション」とは

研究は、世に出してナンボ。

どんなにすぐれた、革新的な研究を行っていても、人里離れたラボにこもって孤独に実験に勤しむ「だけ」では研究の意味がありません。人里離れたラボにこもって孤独に実験に勤しんでもいいんですが、そこで見出した発見は、論文などの形で世に問うて初めて人類の知のデータベースの一部となり、研究としての価値を持つようになります。

ただし、「わたしがかんがえた さいきょうの けんきゅう」を、何でもかんでもこのデータベースに加えていいわけではありません(でないと、いわゆるトンデモ科学や陰謀論まで「研究」ということで世に氾濫することになりますからね)。科学的な妥当性が担保され、学術的価値を持つ「研究」として世に出すには、査読と呼ばれる審査をクリアする必要があります。具体的には、学会で研究発表したい、学術誌(ジャーナル)に掲載してほしいという場合、研究者は論文を各学会やジャーナルに投稿し、そこで当該のテーマを専門領域とする他の研究者による審査を受けます(※)。この審査に通れば晴れて「アクセプト」=学会発表や学術誌掲載の許可がおりる、という流れです。

※ 僕自身、この査読を行う審査員(「レフェリー」とか「Reviewer」と呼ばれたりします)を何度も務めてきました。Reviewerがどんな観点で論文審査にあたっているかは、またいつか別記事でまとめます。

今回とりあげる「リジェクト」とは、「アクセプト」の反対。つまり、論文が投稿先の学会や学術誌から「発表/掲載不可」とされることをいいます。

リジェクトされた論文は、原則としてその学会やジャーナルには二度と投稿できません。泣きの再チャレンジ、不可。すなわち、リジェクトとは「ウチには合わないから、よそをあたってね」という、当該学会/ジャーナルからの最後通達にほかなりません。

3. リジェクションとの向き合いかた

(ここからは、僕の所感というか私見にもとづいて述べています。あくまでも、一個人の見解としてご覧いただければ幸いです。)

僕が見知っている範囲では、という話なんですが、この「リジェクション」に対する向き合いかたには、日本と海外の研究者で差があるように思います。具体的にズバリ言うと、海外よりも日本の研究者の方々のほうがリジェクションを重く受けとめる傾向が強い、気がするんですよね。

もちろん、研究者にとってリジェクションは嬉しくないものです。誰だって、自分の研究には価値があると信じていますし、投稿するからには絶対アクセプトさせてやるぞという意気込みで臨みます。それは日本であれ、海外であれ、変わりません。

でも、なんというか、日本のほうが「絶対に負けられない戦いが、そこにはある」感が強いというか、リジェクションを喰らったときに受けるショックが大きいというか、そんなイメージ。

日本の研究者が、リジェクションを喰らったときのイメージ

じゃあ海外だとどうなのかというと、僕の知っている研究者は、リジェクションを告げるメールが届くと、

  1. "Oh, that sucks."とつぶやく。

  2. リジェクションレターに添付された、Reviewerからのコメントやフィードバックにざっと目を通す。

  3. 内容が正鵠を射ていると思えば、それらをふまえて粛々と論文を書き直す。でなければ、”Oh, this revierwer is such a moron."と(わりと大声で)つぶやいて、すぐ次の投稿先候補となるジャーナルのHPを開き、そこの投稿規定を読み込んで微調整を施したうえで投稿する。

以上を、まあだいたい2~3時間以内にやります(3.で論文書き直しコースをとる場合には、当然もっと時間がかかりますが)。いちいちショックを受けてSNSに愚痴を書き込んだり、ヤケ酒あおったりしない。上記との比較でいうと、「絶対に負けられない戦い」と思ってない。「負けることだって、そりゃあるよね。ハイ、次、つぎ」的なノリ。

もちろん前提として、ちょっとやそっとのフィードバックを受けても大幅に書き直す必要がないくらい、最初の投稿前の段階で論文をしっかり仕上げている、ということはあります。でも、それよりも大きな要因として、彼女ら彼らには「このジャーナルの、今回査読にあたったReviewerには、こういう評価を受けたけど、でもそれが絶対じゃない」というマインドセットがあるように、個人的には思っています。

4. リジェクトされた後のアクションが、研究の生産性を左右する

こうしたリジェクションとの向き合いかたの違いは、中長期的な研究活動の生産性にダイレクトに影響します。

仮に、二人の研究者がまったく同時にリジェクションを受けたとします。研究者Aはそこでショックを受けて、立ち直るのにしばらく時間を必要とする。でも、もう一方の研究者Bは、Aがそうやって「ズーン… orz」となっている間にさっさと次のジャーナルに投稿している。

畢竟、時間が経てば経つほど、AよりもBのほうが多くの査読を経験し、そこで受け取るコメントやフィードバックから自分の研究をレベルアップさせるためのヒントをより多く手にし、さらに「このジャーナルには、この手の研究がウケる(高く評価される)」といった暗黙知的なノウハウも磨いていけます。なので、出発点で研究者としてのレベルがまったく同じだったとしても、AよりBのほうがより良い研究を、より多く世に出せる可能性が高まっていく。リジェクションとの向き合いかたが中長期的な研究活動の生産性を左右するというのはそういうことだと、僕は理解しています。

これは、起業やスタートアップの世界でよく言われる「Try fast. Fail fast.(素早く試して、素早く失敗しろ)」という知見と通底するものです。ゼロイチ(0→1)と呼ばれる、不確実性が高いスタートアップの世界では、何がうまくいくのかは実際にやってみるまでわからない。なので、机上の空論をいつまでもこねくりまわしてないで、世に問える形にまで仕上げたらさっさとテストしてみる。それがいきなりうまくいくことは十中八九ないけれど、テストした結果から得られたデータをもとにプロダクトを改善することが成功への道である、という考えかたですね。

この失敗前提というか失敗上等のアプローチは、前述した海外の研究者たちが実践しているリジェクションへの向き合いかたと、まったく同じものです。第三者から手厳しい評価を受けることを恐れずに、トライする。そこから学びを得て、自分のアウトプットを改善していく。それらを素早く繰り返すことで、時とともに生産性を向上させていく。

5. "Nothing Personal"というマインドセット

以上のように考えていくと、リジェクションを受けるたびにいちいちショックを受けるのは、まったく不合理な反応であるということになります。

とはいえ、ヒトはもともと不合理な生き物なんですよね。

不合理だろうがなんだろうが、丹精込めた自分の仕事がリジェクトされれば、ふつうはショックを受けるものです。人間だもの。

言い換えると、僕が知っている海外の研究者たちは、たまたま生まれ持った性格のおかげで「ハイ、次」アプローチを実践できている、わけではありません。彼女ら彼らは、意識的にトレーニングを積んで、「Fail fast」を実践するためのマインドセットを鍛えているから、それができるんです。

そのための鍵となるのが、”Nothing Personal”というマインドセット。

日本語にすると、「パーソナルに受けとめない」。もうちょっと意訳すると、仕事に対する評価を自分自身への評価や人格攻撃と混同しないようにする、という考え方のことを指します。

上記の通り、これは直感に反する、「不自然な」考えかたです。なぜなら、ヒトは、自分がつくりだしたアウトプットに大なり小なり自分自身を投影するものだから。特に、論文は何ヶ月、ときには何年もかけて行った研究活動の集大成ですから、それがリジェクトされるというのは、それまでに費やした自分の時間、大袈裟にいえば人生が否定されたように感じられるものです。直感的には。

でも、この直感的な反応に流されるがままにしておくと、待っているのは研究者Aの世界線。リジェクションを受けるたびに自分が否定されたような気分になり、次のステップを踏み出すまでに多くの時間とエネルギーが必要になってしまいます。

なので、”Nothing Personal"を意識して、自分のマインドを鍛える。僕も、大学院で指導教授から、”Don't take it personal. You have to develop thick skin.(フィードバックを受けても、それをパーソナルに受けとめるな。研究への批判を自分の人格から切り離せるように、ツラの皮を分厚くしておけ)"とアドバイスされました。Nothing personalは鍛えることができる心のスキルなんだから、それをしっかり身につけろ、と。彼から授かった教えのなかでも、特に役に立っているものの一つです。

6. まとめ

今回は、研究活動を進めていたら絶対に避けては通れない「リジェクション」との向き合いかた、そして、そこで鍵を握る”Nothing Personal”というマインドセットについて、まとめてみました。

リジェクションを喰らうと心にクるのは、ヒトとして当たり前。でも、その直感的な反応に流されるままにするのではなく、より建設的に対応できるように心のスキルを身につけて、実践することで研究活動における生産性を確実に向上させることができます。

あなたの研究をより実り多きものにするために、今回の記事がなんらかのご参考となれば幸いです。

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