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ライター必読本②梯久美子『声を届ける――10人の表現者』
梯久美子は、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『散るぞ悲しき』で単著デビューを果たす前から、『AERA』の看板連載「現代の肖像」の執筆者の1人だった。
私が彼女の名前を記憶したのも、「現代の肖像」で脚本家・中園ミホを取り上げた回があまりに素晴らしかったからである。
『声を届ける――10人の表現者』(求龍堂)は、これまでに梯が「現代の肖像」で書いてきた10本の人物ルポを集めた一冊だ。常連執筆者という印象があったが、意外にも、彼女が書いた「現代の肖像」はこの10本がすべてなのだという。
かつて私を驚嘆させた中園ミホのルポも、当然収録されている。
ほかに登場するのは、丸山健二(小説家)、西川美和(映画監督)、槇村さとる(マンガ家)、谷川俊太郎(詩人)、かづきれいこ(フェイシャルセラピスト)、石川真生(写真家)、向田和子(エッセイスト/向田邦子の妹)、ウー・ウェン(料理研究家)、石内都(写真家)――。
副題のとおり、広義の「表現者」ばかりだ。
10本とも、甲乙つけがたい素晴らしさ。「人物ルポのヴィンテージ」と言ってもよい1冊になっている。
私がいちばん感動したのは、かづきれいこを取り上げた回だ。そこには、次のような印象的な一節がある。
うつむいている人に、つい目がいく。それが、かづきれいこの習い性だ。自分にも下を向いて生きていた頃があった。顔を上げるために、化粧を学んだのだ。
「でも化粧ってイヤな言葉や思わへん? 何で“化ける”いう字、使うの? 私これきっと、男が作った言葉やと思うわ」
いつものように予定時間を大幅にオーバーした講演の帰り、タクシーの中でかづきが言う。テンションが上がると関西弁が交じる。大阪で生まれ、西宮で育った。
これは導入部の一節だが、読者の心を鮮やかにつかみ、「続きが読みたい」と強く思わせる文章だと思う。
むずかしい言葉、奇をてらった表現は一つも使っていないのに、深い滋味と心地よいリズムがある。
本書に舞台裏が明かされているが、「現代の肖像」は非常に厚い取材を重ねて作られている。
一本のルポのために、「数ヵ月から、長い人では一年間にわたって、仕事をする姿を見せてもらい、普段着の時間をともに過ごすことを許してもら」ったという。昨今のあわただしい日本の雑誌ジャーナリズムの世界では、めったに見られない贅沢さと言える。
当代屈指の名文家(だと私は思う)・梯久美子がそれほど贅沢な取材をして書いたルポなのだから、よいものにならないわけがない。