24歳。「恋愛も結婚もしない」と周りに宣言している理由。
あと3ヶ月で25歳。恋愛や結婚のことを詮索されることも増えてきて、ついこの間もInstagramで、婚約しましたと、学生時代の一つ上の先輩が報告していた。いいねを押すことすら迷ってしまう私は相当捻くれているのかもしれない。
私は会社でそう言う話を振られる時や、親戚たちと会う時は、絶対に結婚しない、恋愛ももうしないと宣言している。色々聞かれるのも面倒だし、私にしかわからないものがある、そしてそれは周りには理解されない。そしてきっと、他人に理解される必要もないものだということが分かっているからだ。
実際、私は、今している恋愛以外はしないつもりだし、結婚もしない。そう宣言して自分を苦しめているのではなく、きっとそれが私の生き方なのだ。それが私には合っていると思っている。
今の好きな人を好きになって、もう3年以上になる。彼のことを知る度に、距離が遠くなったり近くなったりする度に、わたしには彼しかいないなと思わされる。これは依存しているからなのだろうか。付き合っていたのは半年ちょっとで、別れてからも時々会っては、ご飯に行ったり、お互いの家を行き来している関係だ。彼との関係を言葉にしようとすると、よく分からないし周りに誤解なく説明できる自信もない。
私は、体の関係がすごく苦手だ、あまり好きではない。そのことを初めて打ち明けられたのが彼だった。付き合って、体の関係を持つことは世間では当たり前で、それを拒むということは、嫌いなんだなと受け取られたり、相手をすごく悲しませてしまう。それが分かっているからずっと我慢していた。私は、そういうものに対して欲がない。と、いうのが一番近いだろうか。性欲というものがずっと分からなかった。好きだから、したい。それも分からなかった。したくない、と思う一番の理由は、体の関係を持ち続けることで怖さを感じてしまうこと。会う度に、又は、週に何度か、体の関係を持つことで、本来、私が好きな人との関係でこういう関係を築きたい、というものが、体の関係を持つことで、そこからどんどん離れていってしまうような気がしてたまらなかった。体の関係を持つ度に、すごく不安になり、その人の気持ちを信じられなくなりそうで怖くなってしまう。そんな風に感じてしまう私はやっぱり恋愛の面でも普通ではなかった。
体の繋がりよりも断然、心の繋がりを重視したいし、むしろ心の繋がりだけでいいのだ。体の関係は人との関係において必要ないものだと私は考えてしまうほど、偏見というか、歪んでいるというか、、。そういう考えがずっとずっと心の奥底にあった。だからこそ、周りの恋愛についていけず、好きな人ができたとしても、自分は我慢しなくてはならなかった。好きな人に好きでいてもらうために。私は誰かと好き同士になったとしても、ずっとどこかで距離を感じていた。けれど、嫌われるリスクを背負ってでも、話したいと思ったのが今の好きな人だ。
私はこのことが原因で、恋愛をする上でも、女性として存在する上でも、誰かと人生を歩むことができない、ずっとそう思っていた。欠陥品なんだなと悲しくなることが多かった。今まで誰にも話せなかった。私がこんなんだから、恋愛の話も避けていた。私が下ネタや、性的話題を拒んだり、嫌悪感を抱くのは私が周りとは違うからだった。私は人として余りにも欠落している部分が多すぎる。
相手のことを本気で好きでも、このことを知られてしまうと何もかもが伝わらなくなってしまうかもしれない。でも、どう頑張っても、どうしても、好きになった人としたいと思えたことは一度もなかった。
それを今の好きな人に伝えた時、「なんとなく気づいてたよ」と言われた。そもそも、彼にそのことを話してみようと思ったきっかけが、2人で映画を見ている時だった。「流浪の月」という映画。その映画にも、恋愛をする上でのそういうことが苦手だ、好きじゃない。そう語られているシーンがある。そのシーンを見た彼の表情で、なんとなく私も同じことに気がついているのではないか、と直感で感じた。彼は分かってくれそうな気がしたし、今まで以上に心で繋がられるようなそんな希望も感じた。彼は、私のことを1番に理解したいと言ってくれるような、そんな人だから。
「なんとなく気づいてた」と言われて、申し訳なさで、ごめんねと泣きながら謝る私に「それで嫌いになんてなる訳ない、話してくれてありがとう」って。それにすごく救われて、甘えてしまった。彼は私とは違うのに、たくさんの我慢をさせてしまった、そんな風に私は感じて、距離をとるようになってしまった。彼自身も私のことを理解しようとしてくれている。それでも時々見せる悲しそうな彼の表情に耐えられなかった。
私と彼が「付き合う」ことを続けられなかった1番の理由はこれだろう。
今でも毎日のように連絡をとり、電話をして、時々会っている。お互いが必要としている時に、心の穴を埋めるように一緒に過ごすのだ。
LINEで、「すき」と送ると、「俺もすっごくすき」と返ってきた朝。すっごく幸せだった。今でも、気持ちを伝え合っては、安心するし、幸せだ。彼には何でも話せる安心感がある。好き同士だから付き合う。世間ではそれが普通だ。でも付き合わない、結婚しない、それでも一緒にいるという選択があることを、それでも幸せだということを私は信じたい。理解されなくてもいい。本当に好き同士なら、付き合うという定義に当てはめなくても、一緒にいられるし、心は繋がっていられるんだと
私はこの関係がすごく居心地がいいし、付き合っていない訳だから、体の関係も強要されない。それでも、好き同士だからこそ、たまには彼の気持ちや欲を尊重したい、そう思う時もあって、お互いが心地よくいられる最善の方法でするときもある。
きっと、私と彼は結婚しないだろう。その原因は私の、恋愛において苦手なことにある。それも分かっている。後々、こんな欠陥品の私でよかったのだろうかと申し訳なさを感じるのも目に見えている。そして、もし結婚をしたとして、義母などに孫の顔がみたいなんて言われてしまう未来も見える。そんなの耐えられる筈がないのだ。そして、彼にも申し訳なくなる。そんな私の気持ちを察してくれているからか、彼も「俺も結婚しない」そう言ってくれている。そんな彼といつまでこの関係が続くのかなんて分からないし、でも、ずっと一緒にいたいと思うのはきっとこの先も彼だけだ。その気持ちがおんなじだということも、信じられるぐらいに好きなのだ。心だけの関係で一生いられる筈がないのかもしれない。ただの綺麗事なのかもしれない。それでも、と祈り、誰からも何も言われないことを望んでいる。
彼と隣同士でみる映画が1番好きで、狭いベッドで抱きしめ合いながら眠る時間が1番よく眠れる。彼の香りが1番の安眠剤で、彼の少し適当な言葉が、いつも何事にも考えすぎる私を沼から引きずり出してくれるのだ。
付き合うよりも、少し適当なこの関係が、私たちにとってきっと1番合っている。それは私の考えの押し付けなのかもしれない。そう思い自信を無くし、彼を縛り付けてしまっていないか不安になることも多い。仕事が忙しい彼、会えない日が続いても、連絡は毎日してくれている。気持ちがこもっているか、そうでないかは、人には伝わってしまうもの。その時できる最善の方法で大切にしてくれているのが、わかるから。だから、ずっとこのままでいい。そう思う。
これ以上の恋愛もしなくていいし、結婚もしなくていい。これ以上を求めてしまうと、きっと私は自分を責めて、また相手を傷つけてしまうから。
大好きな彼とこれからも一緒にいるためには、この距離感なんだ。この関係が1番なんだ。
私が、鬱だと診断された時も、彼だけには言えた。彼は、何にもできない私を責めないでいてくれるし、私が私を責めないように、できることは一緒にやろうとしてくれる。そんな優しすぎる心遣いがとてもすきだ。
いつも彼への気持ちは、沢山のごめんねと、それ以上のありがとうで溢れている。
これ以上、私は何もいらない。
そう言い聞かせている。
そのことにも気づかないふりをして。
だから今日も、お局の詮索に対し、結婚はしたくない、恋愛もしません。とそっけなく言うのだ
誰もわかるはずがないのだから。
これでいいんだ。
これが、いいんだ
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