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Elon Musk氏によるTwitter社買収事例と企業買収後の株主関与・会社経営の最適解

1. Twitter社買収の概要
(1) 買収スキーム
Musk氏による買収金額は約440億ドル、2022年4月1日の終値に対して38%のプレミアム価格。米国株式市場を牽引するいわゆるGAFAMの株式時価総額(2022年6月末時点)はAppleが2.21兆ドル、Microsoftが1.92兆ドル、Googleが1.44兆ドル、Amazonが1.08兆ドル、Metaが4,364億ドル(ちなみにTeslaは6,977億ドル)で、これらと比して大幅に安いTwitter社株はMusk氏に魅力的に映ったと思われる。
Musk氏は2022年1月からTwitter社株を取得し始め、3月時点で5%を取得、4月4日には9.2%を保有する筆頭株主となった。Twitter社は Musk氏を取締役として迎え入れることで株式保有に制限をかけようと試みたが、Musk氏は就任を辞退。Musk氏が同月14日に残りの全株式を買い取り非上場化する案をTwitter社に提示したのに対し、Twitter社は同月15日、特定の株主が取締役会の承認なしに15%以上保有した場合に他の既存株主が割安で株式を買い増せる権利を付与する買収防衛策(ポイズンピル)を導入。Musk氏は同月21日に自身が保有するTesla株を担保とした255億ドルの証券担保ローンの確保を公表。同月25日にTwitter社取締役会はMusk氏による買収提案の受け入れを発表。Musk氏は7月にTwitter社がスパムや偽アカウントの数に関する情報を十分提供しなかったとして一旦買収を撤回し、それに対しTwitter社は買収計画の撤回は不当とし、合意に沿い買収を実行するよう求める訴えを裁判所に提起。その後Musk氏は買収を再提案し、9月にTwitter社の臨時株主総会にて株主が買収を承認し、10月に買収手続きが完了、Musk氏は取締役全員及びCEO・CFO・CLO等の幹部を直ちに解任、自身が唯一の取締役及びCEOに就任した。11月には約半数の社員解雇を実施した。
 
(2) 買収理由
Musk氏はTwitter買収の理由について、「暴力に訴えることなく、幅広い信条について健全に議論できるデジタル広場を持つことは文明の未来にとって重要」なためで、「従来のメディアの多くは、アクセス数を追求して二極化をあおり、対話の機会が失われている」と説明している。また、広告については、「適切な広告はユーザーに喜びや情報を与え、ユーザーのニーズに合致した広告を表示することが不可欠。関連性の低い広告はスパムだが、高い広告はコンテンツであり、ブランドを強化し企業を成長させる世界で最も尊敬される広告プラットフォームを目指す。」と述べている。
 
(3) 改革案
Musk氏はSNS上での言論の自由を度々強調しており、実際Trump元大統領やカニエ・ウェスト等のアカウントを復活させた。但し、この方針変更によりヘイト・スピーチがこれまで以上に大量に出回るとの懸念からChipotle、Ford、Jeep等上位100の大手広告クライアントのうち半分を失い、Musk氏の買収後Twitter社の売上は急減したと報道されている。これらの企業は2022年だけで7億5000万ドル以上の広告費をもたらしていたという。
Musk氏はTwitterを、中国のWeChatのような電子決済等様々な機能を有するアプリとし、現在収入源の9割を占める広告収入に頼らない形にしたいとの意向も示している。
 
2. 会社経営における株主関与の度合い
(1) Musk氏の対応
上記の通りMusk氏は買収後、取締役全員及び主要幹部を解任し、自身が唯一の取締役及びCEOに就任するという対応を取った。従来の体制を変え、自ら対象会社の経営に積極関与する意思を示したといえる。
日本企業による海外企業の買収時に取締役全員及び主要経営幹部を解任するような事例はほとんどないが、これは対象会社の円滑な事業経営のためには従来の経営陣を維持する方がベターという判断に基づくと思われる。この点、Musk氏は確固とした経営改革方針とビジョンがあり、旧経営陣にその実現は不可能と判断したと思われる。
 
 (2) ウォールストリート・ルール
米国では過去、投資家は投資先企業に対しサイレント・パートナー(物言わぬ株主)であり、投資先企業の経営に不満があれば、その企業の株式を売却すればよいという企業統治の考え方が一般的であったが、近年は株主としての権利行使を通じて経営を改善し、企業価値の向上を図り、投資収益の極大化を目指す(物言う株主)という考え方が一般的となった。
 
(3) 出資先企業と株主(投資家)の目線
出資先企業の経営陣は通常、将来的な事業の成長に注力し、他方、株主は買収額以上のキャッシュを早期に回収することを重視する場合が多い。株主は投資計画策定時に回収方法を考え、その方針は時に出資先の経営陣と対立する。
 
3. JVによる会社経営
(1) メリット
現地企業や当該分野におけるノウハウ・リソースを持つ企業と共同経営することで、出資会社においてその強みを共有でき、新規分野への進出も容易になりうる。単独出資よりもコストを抑えられ、出資先の経営状態が悪化した際の損失も抑制できる。
 
(2) デメリット
利害関係が複雑化し、意思決定のスピードが遅くなる。合弁会社の経営方針をめぐり対立・摩擦が発生し、膠着状態が生じる恐れがある。また、自社の技術やノウハウが共同経営先に流失する恐れがある。
出資比率を50:50にすると常に両者の合意が必要となるため機動的な経営ができなくなる。また、通常、出資比率に応じて出資者に利益を配分するため、単独の場合より配分される利益が減少する。JVにおいては、相手のネガティブな影響も当然受けうる。
 
(3) 私見
上記メリットを考慮しても、デメリットの方が大きいと考える。株主それぞれで期待する利益水準や想定投資期間、運営方針や株主にとっての当該投資先の重要度は異なり、順調に利益が上がっているときはよいものの、仮に投資先の赤字が続くような局面ではどのように黒字に戻すかなどで方針が対立し、膠着状態に陥り、事業回復の機会を逃し、投資先経営陣が株主に対し疑心暗鬼になるということが起こり得る。また、投資先の業績が好調な場合にも株主それぞれが投資先経営陣に対し様々な要請・指示を行い、経営陣がその対応に時間を取られ、本来の経営への時間が割かれるということも起こりうる。
これより、可能な限りは単独での買収を行い、投資先経営陣と経営方針を都度議論し経営を任せ、場合によっては経営陣を適切に入れ替える等して投資先に伴走し、経営改善・バリューアップに努めることが望ましいと考える。
 
4. 会社経営の最適解(所有と経営の分離)
大企業の場合、一般に経営陣の持株比率は低く、多数の機関・個人投資家が大部分の株式を保有し、所有と経営が分離している。この点、株式を自らの報酬の大半とすることにより株主と経営陣の利益を同一にする株式による報酬制度やストックオプションの採用は、経営と所有の接近といえる。
所有と経営が分離する場合のデメリットの一つに意思決定のスピード低下が挙げられ、所有と経営が一致している場合と比べ、株主代表訴訟等のリスクも鑑み慎重な意思決定を行いがちで、意思決定に時間を要し、競合他社に事業機会を奪われるリスクが存在する。
企業買収後、買収元のメンバーが買収先の経営陣・オペレーションに参画し株主の方針を反映させることは多くみられる一方、やみくもに買収先の経営トップや部門トップに買収元メンバーを派遣・就任させると買収先従業員からの反発を招き、円滑な事業遂行に支障をきたす可能性もあるため、株主メンバーをどの部門のどの役職に配置するかの判断は買収先経営において重要となる。
株主の意向をただ一方的に伝え、高い配当を要求するのみでは経営陣との良好な関係を維持するのは容易でなく、投資先の新規事業・新たな取引先創出等を主体的にサポートし、事業価値を共創することが重要となる。
この点、Musk氏はTwitter社の収益性を早期に改善し、買収から最短3年でTwitter社を再上場させることを計画しているとも報道されているが、今後Twitter社にどのような経営体制を敷き、どの程度経営に介入し続け、従業員の協力を得てどれほどTwitterをバリューアップできるのか、目が離せない。

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