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バニラアイスクリーム

年末、例年より早く帰省した娘の希望で、墓参りに出かけた。
ずいぶん前に亡くなった猫が、彼女の夢に出てきたと言う。
猫にも何か理由があって、夢に現れたのかもしれない。

年末の霊園にも、ぽつりぽつりと訪れる人がいる。
ここの慰霊碑には、一体何匹のペットたちが眠っているのだろう?
うちの猫二匹もここに眠る。

一匹は19年目に亡くなった。
ずいぶん前、もう20年ほど経つだろうか。
猫医者は今まで診たなかで、一番の長寿猫だと言っていた。
その言葉を、私は信じることにした。
今も後悔している。
点滴を外せば、あとは時間の問題だった。
私は点滴を外し猫を自宅に連れ帰る決断ができなかった。
彼はその数日後に独り猫病院で息を引き取った。
土曜日の明け方だった。
あの時、自宅に連れ帰るべきだった。
独りで逝かせたくなかった。
今も後悔している。

その後にきた猫は5年で亡くなった。
彼女には持病があった。
診断を聞いた後、点滴は断り自宅に連れ帰った。
助からないことはわかっていた。
その後、彼女は半月ほと自宅で過ごした。
夜中、私のそばで息を引き取った。
悲しみはあっても、後悔はなかった。
私が後悔しなくていいように、猫が教えてくれたのだ。

ここには、たまに一人で来る。
娘と来るのは久しぶりで、前回が何時だったのかもう思い出せない。
以前は慰霊碑の前にありとあらゆる供物が置かれていた。
そのバラエティーな品々を見るたびに、ちくわが好きだったのか、とか、大福が好きだったのは、どんなこなんだろうと想いをめぐらせた。
スナック菓子、玩具、ぬいぐるみ、手紙や似顔絵が供えてあることもあった。
お弁当、おにぎりも。
そして、何時行っても花に溢れている。

何時頃からか、カラス集まるからと供物が制限されるようになった。
供物は持ち帰るようにと、看板が立っていたこともあった。
それも、今はない。

未開封のキャットフードが供えてあった。
おそらく霊園の方々の心遣いだろう。
未開封ならと、そのままにしておいてくれたのだ。
その行為に、私も甘えることにした。
彼が好きだったハーゲンダッツのバニラを供え話しかけた。
「きたよ」

慰霊碑の前で

生まれた時から、彼はキャットフードしか与えられていない。
たまにミルクを小匙一杯ほどもらうくらいで、他の食べ物は味も知らない。
おそらく人間の食べ物を自分が食べられるものだとは、思っていなかったのだ。
でもバニラアイスだけは別だった。
冷凍庫から出した途端、眠っていても目を覚す。
熟睡していたのに…
それも、なぜかハーゲンダッツのバニラだけ。
他のバニラには見向きもしなかった。
冷凍庫を閉まる音で、パッと顔を上げる仕草。
私の顔をじっと見る眼差し。
走ってくる時の足音。
つい昨日のことのように、覚えているのはなぜだろう…
今もすぐそばにいるような気がする。

仕事納めの夜、乗った地下鉄の車内は、広告全てがハーゲンダッツのアイスクリームだった。
アイスクリームにまつわるコメントが車両の壁にも、中吊りにも溢れていた。
絶対クッキークリーム!、やっぱりストロベリー、ラムレーズンは大人の味! などなど…それが、自分へのご褒美だったり、誰かとの思い出だったり。
揺れる地下鉄の中で、私はそれをひとつづつ読んだ。
私ならバニラかな… そう思った途端に、視界がぼやけてきた。





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