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未来はあてにならない  book review

『ガツン!』
ニック・ホーンビィ・作
森田義信・訳
福音館書店

 本書の著者、ニック・ホーンビィをご存知だろうか? 『ハイ・フィデリティ』『アバウト・ア・ボーイ』と聞けば、ああ、あの、と思い当たる人も多いと思う。イギリスのベストセラー作家で、彼の作品はいくつも映画化された。そのホーンビィの若者に向けた小説が出ると知って、発売前から楽しみにしていた。彼の小説はポップで、それは装丁にも表れていた。片手で持って読んでも疲れない。この軽さがいい。

 この物語はティーンエイジャーの妊娠と出産とその後を、少年側の視点で描いている。

 当時、サムは十五歳でもうすぐ十六歳になろうとしていた。優等生でも不良でもない。女の子よりもスケートボードに夢中で、プロスケートボーダーのトニー・ホークを崇拝し、彼のポスターに話しかける日々を過ごしていた。数ヶ月後には、義務教育修了試験を受け、進学課程に進んで得意科目の美術を勉強する予定だった。あるパーティーでアリシアに出会うまでは。

 彼女に出会って、サムの生活は一変する。どこにいても夢見心地で、彼女が頭から離れない。彼女も同じ気持なので、二人は幸福の絶頂だ。でも、遅かれ早かれ熱は冷める。二人の関係も終わった、と思っているのはサムだけで、彼女は違うよう……。

 アリシアの妊娠を薄々気づいていたサムは、彼女からも家からも逃げ出し、携帯も海に投げ捨てる。これが大人の行為なら、まったくもって許しがたい。こんな男はザラにいるだろう。でも、とりあえずサムは少年で、初めての経験に狼狽え、解決策がわからず逃げ出しても不思議ではない。行動し、そして気づくのだ。自分をバカ野郎だと認め、恥ずかしさのあまり眠れない夜を過ごす。

 再びアリシアに会い、双方の親の協力を得て、出産に向け準備を始めても、いきなり彼らが大人になれるわけではない。サムに言わせれば、妊娠は人生最悪の事態なのだ。マリファナも吸わないし、教師を罵ったりもしないし、ケンカもしないぼくが、なぜこんな酷い目にあうのか? ほんの数秒リスクを冒しただけじゃないか! でも妊娠は消せない事実だ。アリシアが産気づけば、サムは彼女のもとへ走ってかけつけ、子どもが生まれた時は涙を流す。たとえ彼らに必要なのが生まれて来る子どもではなく、親だったとしても。

 サムは情けない男でも、私は共感が持てた。それは彼が自分に正直で、あまり成長しないからだろう。人間は簡単に成長できる生き物ではない。この物語は、だからこそリアルなのだ。そして妊娠させてしまったから、子どもが生まれたからと言って、夫婦ごっこや家族ごっこをしないことも新鮮だった。彼らは子どもを理由に同じ人生を生きないし、お互いが子どもの親として交わるだけだ。この選択は賢明だと私は思う。

 当然、二人ともが今までと同じ生活ではないし犠牲にすることもある。それでも、双方の親の理解のもと、なんとか日々やっている。望んだ人生じゃなくても、望むことなどありえないとしても、現実を受け入れる。

 作中、いきなりサムが近未来に飛ばされる場面が何度か描かれる。(まるで予知夢のようだ)その時は、赤ん坊の抱き方さえわからず狼狽える。でも時間を飛ばさなければ、もし実際に同じ場面が巡ってきても大丈夫。思い描く未来なんて、全くあてにならない。でも過去と今は、すでに自分のものなのだ。

同人誌『季節風』掲載

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