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ふたりの関係  book review

『かげろうのむこうで 翔の四季 夏』
斉藤 洋・作
偕成社

 偶然が二度重なることがあると、それは必然だと何かで読んだ。翔とトラウム、ふたりの出会いもそうだと思う。

 近所の公園で、翔はおじさんとかっこいい犬、ジャーマン・シェパードを見かける。それがトラウムとその飼主、高宮さんだった。

 二度目は買い物の途中で行き合って、一緒に帰った。お互いの家は近かった。

 後日、翔は高宮さんからトラウムの散歩を頼まれる。あんな犬が家にいたらいいなと、密かに思っていた。翔の自宅マンションはペットが飼えない。両親の許可も得て、夏休み中の散歩を引き受けることになった。

 同じマンションには芸能人が住んでいる。去年ひょんなことから、翔は知り合いになった。頼まれたわけではないけれど、このことは誰にも、友だちの涼にも話していない。

 同級生の嶋崎涼は、他の人に見えないものが見える。二人は三年生の時から同じクラスで、親しくなるうちに、翔はそのことに気づいた。涼は、この春に転勤してきた鮎川先生が好きみたいだ。アユと呼ばれている彼女のそばには、何時も男の子がいるらしい。

 その子はもう生きていない。犬の柄のパジャマ姿で、おそらくアユの生徒。恋のライバルだと言いながら、涼は当のアユよりもその子の心配をしている。魂が迷子になって、彷徨っているのではないかと…。

 夏休みになり、週二回、月曜日と木曜日に、翔は高宮さんの家までトラウムを迎えに行った。彼は警察犬の訓練を受けたことがあり、言葉もわかる。事前に基本知識は高宮さんが教えてくれた。涼から聞いた男の子のことを、翔は考えないようにした。

 思いがけず、翔の父と高宮さんは面識があった。定年退職しているが、彼は大手食品会社の社長だった。高宮夫妻は、八月末に息子の住む町に引っ越すことが決まっていた。残念だけど、トラウムともお別れだ。

 早朝の散歩が終わると、翔は塾の夏期講習に行く。授業が終われば、その後は自由だ。母も父も彼を子ども扱いしないし、家族関係は良好だ。父と母も仲がいい。

 両親だけではなく、翔を取りまく人たちは彼に対して対等だ。高宮さんも彼の奥さんも、芸能人の女の人も、その彼氏も。涼、アユ、そしてトラウムも。

 この物語は翔とトラウムの出会いから別れまでが描かれる。翔はトラウムに一度も不安を抱かなかった。ほんの一瞬でも疑うことはなかった。トラウムも、同じだったと思う。

 散歩中ふたりは、二度、事件に遭遇する。一度目は芸能人の盗撮目的で、翔の自宅マンションに不法侵入した男を阻止した。二度目は、コンビニ強盗を追い捕まえた。

 どちらの時も、翔は迷わずトラウムに任せ、リードを外した。もし高宮さんだったらと、ふと考える。立ちどまって、パトカーをじっと見つめるトラウムを、彼は誰よりも知っていた。でもトラウムは心臓に持病があった。そのことが気になって、リードを外せなかったかもしれない。警察犬ならそうしただろう役目を、彼が果たせたのは、翔といたからだ。

 もうひとつ、トラウムは大切な役目を果たす。それは警察犬としてではなく、彼にしかできないからだ。トラウムが戻ってきたのはそのためだ。

 語られなくても、感じられる関係がある。ふたりを見ていて、そう思った。

同人誌『季節風』掲載 2022 夏

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