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12月の神保町

大学1年の12月。


その日は神保町で小学5年生の頃から好きなバンドのライブがあった。
肩まであるホワイトブロンドの髪を外巻きにし、
お気に入りの黒地や紺地にピンクや紫の小花柄の
パッチワークのワンピースを着て、電車に乗った。


神保町といえば古本屋と喫茶店の街である。
小さい頃から読書が好きで
大学に入ってからは喫茶店巡りが趣味となった私にとって、神保町は一度散歩してみたいと思っていた街だった。


駅の周りをぶらりとすると古書店の並ぶ穏やかな街の雰囲気に胸が高鳴った。
少し散歩してから、私は前々から行きたかった喫茶店ラドリオへ向かった。


店の前には3組ほど並んでいた。
スーツを着た中年の男性や、私より5、6歳くらい年上であろうカップルだった。
私もその後ろに並ぶ。
1人で並んでいては話し相手もいないので、
AirPodsを取り出してこのあとライブを観に行くアーティストの音楽を聴いて待つ。
しばらくぼーっとしながら立っていた。


「何分くらい並んでますか?」
真横から声をかけられた。
私のおばあちゃんと同じくらいの年齢の、明るい色の洋服を着た、ご婦人という言葉の似合う3人組の女性だった。


「5分くらいですかね…」と答える。
人見知り全開の素っ気ない返事だった。
その返事を聞いて3人で少し話した後、女性たちは私の後ろに並んだ。


そのあとどんな流れで話しかけられたかは覚えていない。だが、
「40年ぶりに来たわ〜私たちの青春なのよ。
仕事帰りにおしゃべりしたりしてね。
前はもっとお店広かったんだけどねえ」

と数十年前を思い出し慈しむように話す女性は、
私と同年代の女の子のように生き生きとしていた。


女性たちよりひと足先に私の順番が回ってきて、カウンター席についた。
ウインナーコーヒーと抹茶のシフォンケーキを注文する。


お冷を一口飲んで、軽く店内を見渡す。
さっきの女性たちはあのあたりのテーブル席で夜まで話に花を咲かせたのだろうか。
それともこのカウンター席だろうか。

退勤後に喫茶店に寄っておしゃべりして帰れる生活に、日本が経済的にも精神的にも豊かだった、私の体験し得ない昭和の時代を想像した。


薄暗い店内はゆったりとした時間が流れていて
初めて来たとは思えないほど居心地がよかった。
1人でコーヒーを飲んでいるおじいさん、友人と楽しげに話している若い女性…
何十年も前から人々の憩いの場であったこの空間。
今までここで過ごした人々の思い出の匂いや音、
景色の全てがこの建物の壁や家具に染み込んで
今この空間を形成しているかのような感覚になった。


運ばれてきたウインナーコーヒーは甘くて苦くて
美味しかった、なんてコーヒー初心者の大学生からは薄っぺらい感想しか出てこなかったが、
この店と神保町の時の流れを少しだけ感じることができた気がして
ほかほかとした気持ちになりながらシフォンケーキの甘さを噛み締めた。

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