帝国世界の料理 主菜編
畜産や狩猟採集、漁業を軽んじる帝国人
帝国世界では、奇跡術を駆使する司祭たちが「食材もポンと出現させられる」ため、手間ひまかけて肥育させた畜産物や汗水たらし獲得した水産物などでも、純血を失いし下層民がもたらす下等なものという認識でした。
そのため、生産者や調理を軽んじるところがありました。そのまま食べられる状態の料理を奇跡術によって創出できるほどの術師は極めてまれだったのですが、にもかかわらず人間が食材を調達したり、あるいは料理を軽んじる傾向がはっきり存在していたのです。帝国人にとって「あなた作る人、私食べる人」というコピーは、まったくもって当然のことを言い表しただけに過ぎないのです。
とはいえ、後述する奇跡肉を例外として食肉、つまり「屠畜や卸し加工された畜鶏肉あるいは魚肉」を無から生成する奇跡術については、枝肉や開き魚の段階も含めてほとんどありませんでした。むしろ、そのような食肉を生成する奇跡術を研究した結果として、奇跡肉が生み出されたと言えます。
ただ、生きている家畜や家禽、魚を生成する奇跡術は存在しており、特に魚を生成する奇跡は大変な人気がありました。問題は、生死にかかわらず生き物を生成する奇跡術そのものの難易度が非常に高く、行使できる術師が限られていたことと、術によって生成された家畜や魚といえども食肉として加工、処理しなければならず、そのためには屠畜人や加工業者(つまり肉屋や魚屋)も欠かせませんでした。
また、帝国世界ではアリの仔や芋虫、あるいはカメ、イグアナ、サンショウウオなどの爬虫類に両生類も広く食されていましたが、それらを生成、加工する奇跡術はほぼ全くと言ってもよいほど存在していません。そのため、生産者や加工者などを軽んじる一方で、それらの人々がもたらす食肉によって社会や、人々の生命を維持していたのが帝国の実態です。
奇跡肉(カルネ=デ・ミラグレ)
帝国で食される最も一般的な肉のひとつで、乳児以外で奇跡肉を食べたことのない帝国人は存在しないほどです。外見などは地球のポークランチョンミートとほぼ同じですが、品質にはかなりのばらつきがあります。いちおう、最低でも塊として原型を保ちつつ流れ出さない程度の固さはありますが、加熱すると溶けてしまう事がありました。また、ものによっては血豆腐のような柔らかさや臭みがあったり、反対にパルメザンチーズの皮ほど固くてどことなくかび臭いものもあります。味も実に様々というか術師の気分や体調で左右されるため、あるときは塩気が妙にきつかったり、またあるときはラードを入れすぎたねぎとろのような胸焼け感が残ったりします。
本文より
奇跡肉とは、文字通り奇跡術によって生み出される肉のような塊で、見た目は薄桃色の缶詰肉か蒸しソーセージの中身めいている。基本的にもそもそした食感の乏しい代物で、味も塩気がきついことがしばしばあるほかは、外見そのままにぼんやりしていた。
ただ、寺院での貧民や信者向け炊き出しでは、ほぼ間違いなく奇跡肉がふるまわれるほか、最も安価な食料のひとつとして大量に流通している。そのため、単にまずいというだけでなく『食べ飽きた』とか『貧乏くさい』という意も込みで『聖なる肉の奇跡(ラ・サンタ・ミラグラ=デ・カルネ)』とか、見た目そのままに『血の塊(サングレ・クアハーダ)』と呼ばれていたり、妙な節わましの奇跡肉歌が流行ったりと、疎んじられ軽んじられつつも、どこか憎めない、そういう存在であった。
これは本文中でヘルトルーデスが作った暴れイモに近い料理です。
家畜や家禽の肉
帝国でも牛豚羊、馬、山羊などの家畜、鶏やうずら、ガチョウ、アヒルなどの家禽を食べています。ただし家禽はいわゆる平飼いで、卵を取るために成鳥まで育てるのが基本のため、なかなか食肉にはなりません。そのため、成長が早いうずらを除くと、重量単位での希少性は牛や羊を超えます。
ただし、帝国ではほとんど丸焼きと言ってもよいほど大きな枝肉を串に刺し、焚き火や専用のグリルで焼くことが多く、先に述べたような調理を軽んじる気風と相まって、料理を全くしない人が少なくありません。もちろん、家庭で調理することもあまりなく、小さな家では台所すらないことが珍しくありません。
野外での肉料理
肉料理店の厨房
焼き肉厨房
帝国で最もよく食べられている家禽は成長の早いうずらで、特にオスは卵を産まないので若鳥も食卓へ上ります。
うずらの炒め煮、オレンジソースがけ
うずらの丸焼き(天火)
その他、帝国には数多くの大河や溜池があり、魚もよく食べられています。ここでは、本文で言及した鋸歯魚のモデルである、タンバッキーの網焼きを紹介します。タンバッキーの幼魚はピラニアにそっくりですが、成長するにつれ姿が変化します。作中では言及していませんが、いちおう「森の黒山羊の腐肉を食らったピラニアが巨大化して鋸歯魚になる」と設定しています。
その森の黒い山羊ですが、帝国では肉を食べます。いちおう象の肉(触手は鼻肉)を想定していますが、保護動物なので食肉加工や調理の画像は割愛します。
その他、帝国ではホリネズミやイグアナ、カメ、サンショウウオ、昆虫も広く食されています。なぜなら、食肉加工と流通が整備されていないことと、旧帝国時代からの伝統的な食文化が背景にあるため、特に奇跡術を独占する兄弟団の支配を受け入れない人々は、これらの生物を繁殖させたり採集して食べることが一般的です。
ホリネズミ(ツサ)
ホリネズミも焼き肉が基本で、食べ方はペルーのクイとほぼ同じです。
イグアナ入りタマル(蒸しパン)
食用バッタ
炒め芋虫の豆ペースト添え
芋虫のソース(これほど細かく潰さないで食べることも多々あります)
次回は野菜や果物、乳製品、甘味などの嗜好品をまとめてご紹介します。
了
名称など表記一覧
奇跡肉
カルネ=デ・ミラグレ
carne de miragre
聖なる肉の奇跡
ラ・サンタ・ミラグレ=デ・カルネ
la santa miragre de carne
血の塊
サングレ・クアハーダ
Sangre cuajada
タンバッキー
Tambaqui
ホリネズミ
ツサ
Tuza