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MLBの新たなトレンド?チェンジアップ/スプリットのスイーパー化(横方向の変化量増加)についての考察

今回は以前から関心のあったチェンジアップ/スプリットがスイーパー化(詳細は後述)しているのではないかという仮説についての記事です。

なお断りがない限り2023年のデータは5月31日までのデータを使用しています。

チェンジアップ/スプリットのスイーパー化とは


まずチェンジアップ/スプリットのスイーパー化(以下ではスイーパーチェンジと呼びます)について説明します。スイーパーはWBCで大谷がM・トラウトを打ち取った球種です。

スイーパーの特徴は①一定以上の球速②大きな横変化②小さな縦変化です。よりザックリ言うと横変化の大きいスライダーとなります。現在はBaseball Savantでもスライダーと区別されるまでになり、すっかりMLBに定着しました。

利き腕の反対方向(大谷であれば左側)に大きく変化するボール(スイーパー)が流行るなら、利き腕側(大谷であれば右側)に大きく変化するボールも流行るのではないかと私は考えていました。そしてその役割を担える球種があるとすれば、利き腕側に落ちるチェンジアップ/スプリットだと考えました。

そしてそのイメージを再現したようなボールが今季の初めに話題になったS・マクラナハンのチェンジアップです。

今回はこのような横変化の大きいチェンジアップ/スプリットがMLBで流行しつつあるのではないかという仮説を紹介します。下のグラフはオフスピードピッチ(チェンジアップ/スプリッター)とブレーキングピッチ(スライダー、カーブ、スイーパー)の横変化量のシーズン別の推移を表しています。ブレーキングピッチもスイーパーの流行により2015年と比較すると0.6インチ変化量が増えていますが、オフスピードは8年前と比べるとそれを上回る2インチ変化量が増えています。

ここまで読まれた方の中にはスイーパー化というなら、スイーパーの縦変化量が小さくなったようにチェンジアップ/スプリットの縦方向の変化量も変化しているのではないかと疑問に思われた方もいるかもしれません。しかし実際には縦方向の変化量は横方向ほどは変化していません。これは次のような理由によるものだと思います。

スイーパーを投げる投手はこちらの記事でも紹介されているように、シーム・シフト・ウェイクを引き起こすようにスライダーのグリップを変更した投手が多くいます(ブレイク・トレイネン等)。一方で今回の横方向の変化量の増加は必ずしもグリップの変更だけで起きている訳ではありません(詳細は後述)。そのため縦方向の変化量は横方向ほど変化していないのだろうと考えています。

ただしグリップを変更した投手も存在していて、その代表格が他ならぬマクラナハンです。マクラナハンのグリップ変更については後程説明します。

スイーパーチェンジの定義

前章までで紹介したように、今回取り上げているスイーパーチェンジの特徴は横方向の変化量の大きさにあります。そこで今回はスイーパーチェンジの定義を以下のようにします。

・Arm Side Movementが17インチ以上のチェンジアップ
・Arm Side Movementが15インチ以上のスプリッター

スイーパーチェンジ流行の背景

前章でチェンジアップ/スプリットのスイーパー化(以下スイーパーチェンジ)が流行っているという仮説を紹介しました。この章ではスイーパーチェンジ流行の背景について書いていきます。

流行の背景を知るために、レンジャーズのA・ヒー二ーの5月28日のオリオールズ戦後のコメントを紹介します。
“I threw a lot of changeups trying to take those righties’ aggressiveness away. They've given me a really hard time in the past and I tried to beat a lot of those guys with heaters. They have guys that can get to those heaters at the top of the zone, so just trying to try to take their aggressiveness away and then like I said, a lot of balls went right at guys today.

要約すると以前の登板で高めの速球で抑えようとしたが、右打者の多いオリオールズ打線に打たれたので今日はその積極的なアプローチを抑える為にチェンジアップを多投したという事です。

*補足
以前の登板とはヒーニーの今季初登板である4月4日のオリオールズ戦。この日2.2回で7失点を喫した。

このヒーニーのコメントはスイーパーチェンジが流行している2つの背景を説明しています。それぞれに分けて説明します。

①高めの速球で抑えようとしたが、打たれた
MLBではフライボール革命以降に高めの速球が有効であるとされて、投球の一大トレンドとなりました。2017年のアストロズが高めの4シームを有効活用した事を他球団も2018年以降模倣して既に5年(!?)が経過しています。

打者も当初は抑えられていましたが、近年は対応しています。その証拠にMLB全体での高めの速球に対するwOBAは2018年以降で2位、同様にxwOBAは1位となっています(グラフに反映していないRV/100も2位)。つまり高めの速球は打者の脅威ではないと言えるでしょう。

②右打者の多いオリオールズ打線
ヒー二ーはチェンジアップ以外にスライダーを投げます。しかし右打者のインコースに動くスライダーは制球が難しく対右打者では投げにくい球種です。これはヒーニー以外の投手でも当てはまり、大谷も対右打者ではスイーパーを45.2%投げる一方で対左打者では38.4%に留まっています。

その投げにくさは成績とも連動しており、特にスイーパーは投手と打者の利き腕によって成績が異なる球種とされています。The AthleticのEno Sarrisも4月に公開した記事で打者の左右で成績が異なるスイーパーの弱点を指摘し、その対策としてチェンジアップ/カッターの活用の重要性を指摘しています。

以上2点を整理します。
①高めの速球に打者は適応しており、高めの速球を待つ打者の裏をかく必要がある。→落ちるボールが有効。
②しかし落ちるボールの中でもスイーパーや横変化の大きいスライダーは打者の左右別で有効性が異なる。→チェンジアップ/スプリットのようなスイーパーと逆方向に動くボールが必要。

ここまでの説明でなぜチェンジアップ/スプリットが重要であるかは分かって頂けたかと思います。しかし今回取り上げているスイーパーチェンジは従来の球種よりも横変化の大きい球種です。なぜチェンジアップ/スプリットの中でも横変化の大きいスイーパーチェンジが流行しているのでしょうか。

その理由はスイーパーチェンジが失点を減らし、空振りを奪える球種だからです。2022年シーズンの成績で比較するとスイーパーチェンジとそれ以外のチェンジアップ/スプリットの違いがよくわかります。

・チェンジアップ

・スプリット

このようにチェンジアップ/スプリットの重要性が上がる中で特に優秀であるからこそスイーパーチェンジが流行りつつあるのだろうと思います。

スイーパーチェンジを活用しているチームや選手のアプローチ

前章まででスイーパーチェンジの概念説明と流行の背景を分析しました。ここからはスイーパーチェンジを活用しているチームや選手のアプローチを紹介します。スイーパーチェンジは横方向の変化量が大きいことが特徴ですが、横方向の変化量を大きくするためには以下の3つの方法が考えられます。
・回転数の多いチェンジアップ/スプリットを投げる
・チェンジアップ/スプリットのActive Spin(回転効率)を高くする
・チェンジアップ/スプリットのグリップを変更する
今回は3つの中から、1つめの回転数の多いボールを投げると3つめのグリップの変更について説明します。

①回転数の多いチェンジアップ/スプリットを投げる
回転数の多いチェンジアップ/スプリットを投げるアプローチを採用している代表的なチームがヤンキースです。下のグラフはヤンキースのチーム全体でのチェンジアップ/スプリットの回転数と横変化量の推移を表しています。いずれも年々右肩上がりで増加しています。

ヤンキース投手陣の今季のチェンジアップの横変化量は16.7インチでこれはレッドソックスに次いで2位となっています(レッドソックスは16.7インチで1位)。また回転数1959rpmはブルージェイズに次いで2位となっています。

このように回転数の多いチェンジアップ/スプリットを投げるヤンキースのアプローチを体現している選手がワンディ・ペラルタです。ペラルタは2021年4月にM・トークマンとのトレードでジャイアンツから加入しました。トレード時点では平均的なリリーフ投手でしたが、移籍後はブルペンの貴重な左投手として重宝されています。そんなペラルタは元々チェンジアップの回転数と横変化量が多い選手で、ヤンキース移籍後はチェンジアップの比率を大幅に増やしています。

またヤンキースはペラルタでの成功体験をライアン・ウェバーでも狙っているように見えます。ウェバーは2015年にブレーブスでMLBデビューを果たしましたが、年間で20試合以上登板したことがなくMLBに定着できませんでした。しかし2022年にヤンキースと契約後チェンジアップの回転数と横変化量が増加しており、32歳でブレイクの兆しが見えています。残念ながら現在は60日ILに入っていますが、復帰後の投球が楽しみです。


NYY移籍後の2022年にチェンジアップの回転数が大幅に増加


NYY移籍後の2022年以降チェンジアップの横変化量が増加

ヤンキースと同様のアプローチをしているのがマリナーズです。マリナーズもチーム全体の成績でチェンジアップの横方向の変化量16.6インチがMLB全体で3位で、回転数1890rpmが5位といずれも上位につけています。

そんなマリナーズの中で印象的な選手が今季からチームに加入したタイラー・サウセドです。サウセドをこのオフに獲得した際に、昨年の防御率が13.50の29歳の投手がブルペンでイニング以上の三振を奪う投手になると予想した人はほとんどいなかったかもしれません。

サウセドの球種別の投球比率を見ればマリナーズがチェンジアップを高く評価していた事は明らかです。チェンジアップの割合は前年の10.4%から28.4%へと約3倍近く増加しています。



サウセドのチェンジアップの指標を確認すると、2161回転でArm Side Movementが18.1インチといずれもMLB平均を大きく上回る数字。さらに興味深い点はサウセドが今季投じた73球のチェンジアップがいずれも右打者に対してである事です。これらはいずれもスイーパーチェンジの特徴と整合しています。

その結果サウセドは今季チェンジアップで空振り率48.7%を記録する一方で1本も長打を打たれていません。まさに旧来のチェンジアップの特徴である長打を打たれにくい点と空振りが取れるスイーパーチェンジの長所が組み合わさっていると言えます。

チェンジアップの割合は少ないながらもマリナーズはジャスティン・トパやフアン・ツェンといったサウセド以外の投手も同様のアプローチをしていて、チームとしてチェンジアップの横変化量を意識している事が窺えます。

ここまでヤンキースとマリナーズのアプローチを見てきました。両チーム共にチェンジアップの回転数が多い投手を発掘し(ペラルタやサウセド)、投球比率を増やすことで投手の才能を引き出しています。

そんな両チームはこちらの動画でも指摘されているようにシンカーボーラーを多く集めています。このシンカーボーラーとスイーピングチェンジを集める戦略はおそらく意図的なものでしょう。この戦略については今回は深堀しませんが、次回以降考察できればと思います。

チェンジアップ/スプリットのグリップを変更する
このグリップ変更に取り組んで成果を出したのが冒頭で紹介したマクラナハンです。マクラナハンはPitching NinjaことRob Friedmanとのインタビューで、チェンジアップのグリップをスナイダー投手コーチの助言により変更した事を明かしています。


変更以前はボールの縫い目に指をかけていませんが、変更後は中指をボールの縫い目に指をかけています。この変更でマクラナハンのチェンジアップは従来の変化に加えてシーム・シフト・ウェイクの影響を受けて変化量が多くなったのだと考えられます。

マクラナハンは横方向の変化量だけでなく、縦方向の変化量も増加しています。これは前述したヤンキースの投手達と異なる部分ですが、この違いの理由もシーム・シフト・ウェイクによるものだと考えられます。

グリップを変更した投手ではありませんが、球界最高のスプリットの使い手であるK・ゴースマンもこちらの記事で2シームグリップで投げていることを明かしています。

Gausmanのスプリットのグリップ

ゴースマンもマクラナハン同様にシーム・シフト・ウェイクの影響でリリース時もドロップ&シュートしています。

マクラナハンは動画内で新しいグリップを数か月で習得したと語っています。一方でゴースマンはThe Athleticの記事で習得に3年かかったと明かしています。2人の当時の投手としての習熟度に違いはあれど(マクラナハンは既にMLB昇格後、一方ゴースマンは学生時代)、ゴースマンが3年かかった球種をより短い期間で習得したのは技術の進歩も大きいと思います。

カブスのプロスペクトであるC・ホートン(チーム内2位&MLB63位)もガウスマンのグリップを参考にチェンジアップの練習に励んでいるそうです。このように今後多くの投手がマクラナハンやゴースマンのチェンジアップやスプリットを真似るようになれば、スイーピングチェンジは本家スイーパーのように急速に人気になっていくでしょう。

スイーパーチェンジを投げるのに向いている投手

スイーパーが流行した際にも投げるのに向いている投手と向いていない投手がいると話題になりました。それと同様にスイーパーチェンジにも適性が高い投手とそれ以外の投手がいます。

こちらのリンクの説明の通りボールをリリースする際手首関節を内側に回転させて手のひらを下に向ける動きを回内(Pronation)と呼びます。一方で手首関節を外側に回転させて手のひらを上に向ける動きを回外(Supination)と呼びます。

回外(Supination)の感覚に優れている投手は4シームの回転効率が低くサイトスピンをかけるのが得意なのでスイーパーに適性があります。一方で回内(Pronation)の感覚に優れている投手は4シームの回転効率が高くバックスピンをかけるのが得意なので一般的なスライダーに適性があります。回内と回外の動きはどちらが良い悪いではなく、投手のリリース時の癖と言えます。

ではスイーパーチェンジに関しては回外/回内どちらの癖がある投手の方が良いのでしょうか?その答えはどちらの投手も投げられるが、投げる球種が異なってくるという事になります。以下で詳細を説明します。

チェンジアップは回外の投手には向かない球種です。前述の記事の中でもLanginが4シームの回転効率が85%(以下)の投手にチェンジアップを教えるべきでないと語っています。実際に17インチ以上動くスイーパーチェンジをチェンジアップとして50球以上投げた投手34人の中で回転効率が86%以上だった投手は29人で、多くの投手が高い回転効率の4シームを投げていると分かります。

チェンジアップを投げるのに適していない投手にはスプリットがあります。大谷をイメージすればチェンジアップに適性の低い投手がスプリットを投げる姿をイメージ出来るかと思います。スイーパーチェンジの優れている所がまさにここにあります。定義を2種類紹介したようにチェンジアップを投げられない選手でもスプリットは投げられるのです。

その代表格がドジャースのS・ミラーです。ミラーは故障などが重なり2010年代後半にフェードアウトしましたが、昨年MLBにリリーバーとして復帰しました。そんな彼は今季からスプリットを投げ始めています。彼はチェンジアップを以前投げていましたがスプリットに転向しました。

そんな彼のスプリットはMLB平均よりも1.8インチ大きい15.3インチの横変化量を誇ります。これは以前投げていたチェンジアップの横変化量も上回る数字です。縦方向の変化量もチェンジアップを上回っており、おそらく2シームグリップでシーム・シフト・ウェイクを活用したマクラナハンのようなボールになっていると考えられます。

さいごに

オフスピードピッチはブレーキングピッチに投球比率で後塵を拝してきました。しかし今回紹介したように自身の利き腕と逆の打者と対戦する際には、スイーパーチェンジは大きな武器になりえます。そのため今まではカッターやスライダーで左打者と戦っていた右投手に有用なオプションが追加された事になります。そのためマクラナハンのようにチェンジアップの投球比率がスライダーを上回るというケースも増えてくるかもしれません。

今回はチェンジアップ/スプリッターのスイーパー化という仮説を紹介しました。簡単にまとめると以下となります。

・MLB全体でチェンジアップ/スプリットのArm Side Movementが増加中
・Arm Side Movementが17インチ以上のチェンジアップと15インチ以上のスプリッターをスイーパーチェンジと定義
・高めの速球の成績悪化と投手と逆の利き手の打者に対峙できる球種への需要が流行の背景
・回転数の多いボールを投げる事やグリップの変更により横方向の変化量が増加
・グリップを変更したマクラナハンはSSWにより縦方向の変化量も増加
・4シームの回転効率が85%以上の投手はチェンジアップをスイーパー化する適性が高い
・4シームの回転効率が85%未満の投手はスプリットをスイーパー化する適性が高い
・チェンジアップが向いていない投手はスプリットを使うことで横方向の変化量を増やす事が出来る

Photo BY:Richard Bartlaga