料理をうまく仕上げるには超「弱火」で
「野菜炒めは強火で」「お肉は表面を焼き固めて」は、大間違い
「家庭料理に強火は必要ない!」という独自の理論で注目を集めているのが、シェフで料理科学研究家の水島弘史さんです。
「野菜炒めは強火で手早く」「肉は強火で表面を焼いてうまみを閉じ込める」など、私たちが常識だと信じてきた方法は、科学的に見るとナンセンスだというのです。
いったいどういうことでしょう?
「肉や魚をいきなり強火で加熱すると細胞が急激に縮まり、肉汁やうまみが流出して硬くなり、さらにアクや臭みも閉じ込めることになる。しかし徐々に加熱すると、 縮む→ アクが出る→ 固まる→ 柔らかくなる という4段階を経て美味しくなる(水島さん)」のだそうです。
野菜を炒める場合も強火は厳禁だそうです。「野菜の細胞壁を覆っているペクチンは70~75℃で分解されるが、強火だと細胞壁が一気に破壊されて水分が流出し、水っぽい野菜炒めになる。弱火で加熱するとペクチンが温存されるため、歯ごたえやみずみずしさが残る(水島さん)」。
私たちにとっては目からウロコの調理法ですが、フランス料理にはもともとある技法なのだそうです。
さらに、食品のうまみを逃さないためには、塩分濃度も大切です。
「肉、魚、野菜の重量に対して0.8%の塩分が、細胞内の水分が流出しにくい濃度。人間の体液の塩分濃度と同じなので、本能的においしく感じる濃度でもある(水島さん)」。
強火をやめて、0.8%の塩分濃度を心がけると、素材のおいしさが十分に引き出され、いつもの料理が劇的においしくなるのです。
弱火だと時間がかからない?という心配はご無用です。「加熱中に別の料理の準備や片付けをすればいいのです(水島さん)」。
では、“超”弱火クッキングのポイントを紹介しましょう。
“超”弱火クッキングは食材の「中」→「外」の順にゆっくり火を通していく
「強火で表面を焼き固めてから、弱火で中まで火を通すのは失敗のもと! これまでの常識を捨て、強火をやめてみて(水島さん)」。では、そのメリットは…
栄養成分を逃さない!
弱火でゆっくり加熱することで、食材の細胞の急激な縮みを防ぎ、うまみ成分や栄養成分を必要以上に流出させないのです。例えば、牛肉(もも)を使った実験では、「92℃」「80℃」「70℃」で加熱したところ、「70℃」が肉からのたんぱく質の溶出が最も少なかったのです。
日持ちがいい!
野菜は強火で加熱すると、細胞壁の表面の膜が破壊されるため、大量の水が出ますが、
「弱火で炒めたモヤシは細胞壁が温存されるため、3日過ぎてもシャキシャキ感とうまみが残っている(水島さん)」。
余分なだしや調味料が減る!
火加減とともに、味付けの基本である塩の使い方もマスターすれば鬼に金棒です。
「素材のおいしさを引き出す塩分濃度は0・8%。これを心がければ、余分なだしや調味料は必要なくなる(水島さん)」。
目分量はやめて計量スプーンできっちり量りましょう。水島さんが「ぜひそろえて」と薦めているのが、写真の1gと0.1gの計量スプーンです。
失敗がなくなり、料理の腕が上がる!
揚げ物の外が焦げて中が半生、肉や魚のソテーが反り返る、煮込んだ肉が硬くてパサパサ…。
“超”弱火クッキングは、「様子を見ながらゆっくり加熱するため、こういった失敗がなくなる(水島さん)」のです。
料理をダメにしていた8つの思い込み
水島さんによると、ベテランの主婦ほど間違った「常識」にとらわれている、といいます。
例えばシチュー作りの場合、「肉を強火で周囲を焼き固めてうまみを閉じ込め、それから煮込む」。
野菜炒めは「強火で手早く作る」、煮物なら「だしこそが決め手」など。
どれも「そうそう、その通り」と思っていたものばかりです。
しかし水島さんは「実は、肉に閉じ込められるのはうまみじゃなくて、臭みとアク。最初に強火で肉を加熱すると、たんばく質は急激に固まり、肉は縮み、水分はどんどん外へ出ていってしまう」、「ビーフシチューも同じ原理で、強火で加熱した後で長時間煮ても、軟らかくなるというより味が抜けたスカスカな肉になる」、「最初に強火で焼いたチキンソテーは、途中で弱火にしても中はパサパサ、外はベタべタになってしまう」と、一刀両断です。
では水島さんから聞いた「大間違いの思い込みベスト8」と、その本当の話を発表しましょう。
(1)肉は最初に強火で周囲を焼き固めてから火を通す
肉は最初から最後まで弱火〜弱めの中火で焼き、中まで火を通す。
最初に出てきたアクだけを拭き取り、そのまま加熱すればチキンソテーは皮までパリッと仕上がる。
シチューも、牛肉に中まで火を通してから煮込めば決してスカスカにならない。
(2)野菜炒めは強火で作らないとベチャッとする
家庭のコンロの火は、フライパンに対して実は「強すぎ」。
五徳が低くてフライパンの底がすぐ高温になるから。
強い火力で中華鍋をあおる技術がない人は、野菜炒めも終始弱
火で作るのが正解。
(3)一晩置いた煮物はおいしくなる
一晩置いておいしくなるのは「煮汁」のほう。具材に調味料の味はしみても、うまみは抜けてしまう。
(4)煮物の決め手はていねいにとっただし
だしとは「+α」で素材の味をいかすもの。低温からゆっくり調理して肉や野菜を加熱すれば素材のうまみが引き出されるので、これで十分。カツオの味がわかるほどだしを入れた煮物は、ただの「カツオ煮」に過ぎない。
(5)ホワイトソースを作るときに冷たい牛乳を入れるとダマになる
ホワイトソースはバターと小麦粉を70℃前後で合わせるのが何より大事。そこから弱火でサラサラになるまでグルテン分子を切れば、冷たい牛乳を一気に入れても絶対ダマにならない。
(6)揚げ物は低温から揚げるとベタつく
とんかつもポテトフライも冷たい油に入れてからゆっくりと油温を上げ、途中で数分休ませて余熱で火を通し、最後に高温で二度揚げするのがベスト。
(7)低温調理ができるル・クルーゼなどは料理上手の必需品
低温調理よりも「低速調理」が大切。普通の安い鍋とフライパンでも「弱火」に
すれば同じ効果がある。
(8)切ったとき断面から水分がにじみ出る野菜が新鮮
包丁で切った野菜の断面から水分がにじみ出るのは、単に細胞を押しつぶしているから。正しく切れば100円均一ショップの包丁でも水分は出ない。
上から垂直に押し切りせず、包丁をまな板に対して30度の角度で素材を切り込むこと。そうすれば細胞をつぶさず、玉ネギを切っても涙は出ない。
トマトも種ごと角切りにできる。
目からウロコが落ちる! 超「弱火」クッキングの実践
しゃきしゃきの野菜炒め
まず水島さんは野菜の切り方からこだわります。
①包丁を腕のラインに対してまっすぐ持つ
②調理台に対して体を少し斜めにして立つ
これで力を入れず、楽に包丁を動かせるのです
③包丁は親指と人差し指で柄を挟み、中指で押さえ、力は入れない
④刃は刃先だけを使い、刃先のカーブに沿って上下に動かしながら切る
一般的な切り方は力が強く、野菜の細胞を潰してしまい、水分が出てしまいます。水島流の切り方は、細胞を潰さない切り方なので、水分も出にくくなり、炒めてもベチャベチャにならず瑞々しさや旨味が損なわれません。
さて、水島さんの野菜炒めは「火を点ける前」に野菜を入れます。
①冷たい状態のフライパンに野菜を入れ、油は野菜の上から回しかける
まず野菜全体に油をなじませてから弱火にかけ、2~3分くらいの間隔で時々上下を返しながら8~10分ほど野菜にじっくり火を通します。弱火で炒めることで野菜の水分や旨味が外に出にくくなります。あまりかき混ぜ過ぎると熱が野菜に伝わりにくくなるため混ぜすぎも良くないそうです。
ニンジンなど火通りの悪い野菜は先に下茹でをしておきましょう。
②塩の量は材料の重さの0.8%程度に
水島さんによると、この塩分量は、人間の体内の塩分濃度に近く、人間の脳が本能的に美味しいと感じる塩加減とのこと。他の料理でも同様です。
③この後に豚肉を入れる
塩コショウで味を整え、弱火で15分程度炒め、火が通ったら最後に香ばしさを足すために30秒だけ強火にして炒めます。
仕上げに鍋肌からごま油を回し入れて、軽く混ぜ合わせたら完成です。
ほんとうに肉汁たっぷりのハンバーグ
意外なことに、水島さんのハンバーグは切った時に肉汁が出ません。テレビ番組で良く見かける「切った時に肉汁が出る」ということは、それは全てお皿の上に流れてしまう、ということなのです。
水島さんのハンバーグは「口の中で肉汁が溢れる」のです。
【材料】1個分
・合いびき肉 120g ・玉ねぎ 40g ・パン粉 5g ・牛乳 10g
・溶き卵 10g ・塩 1g + 0.5g ・コショウ ・ナツメグ
【作り方】
①水島流の方法で玉ねぎをみじん切りにする
玉ねぎの辛みの原因は、「硫化アリル」という成分で、一般的な切り方では細胞が潰れ硫化アリルが出てしまいます。
同時に水分や旨味成分も出てしまうのです。
②玉ねぎを「火をつける前のフライパン」に入れ、上から油をかけ、絡ませてから弱火にかけ、3~4分炒める
玉ねぎは飴色玉ねぎにしても甘くはなりません。飴色は玉ねぎの糖分が変化してなったもので、色が付くと香ばしさは出ますが、あまり付けすぎると風味が飛び甘みは下がります。飴色が付いていない方が甘みは強いのです
③ボウルに肉を入れ、0.8%の塩を入れる
塩は人の体内の水分に対しての塩分濃度と同じ、材料の重さの0.8%が美味しい!
④肉は手でこねずに、ラップを巻いたすりこぎ棒で突く
肉は体温(約36度)でタンパク質に変化が始まり、肉同士がくっつきにくくなります。肉同士がくっついていないと水分が飛びやすく、肉汁も出ていってしまうのです。
すりこぎ棒で突いて圧力を加えることで、肉を強く結着させて水分や旨味を逃しません。
⑤肉と合わせる前に、パン粉、牛乳、溶き卵、玉ねぎをゴムべらなどでかき混ぜ「つなぎ」を作り、0.8%の塩を入れる
⑥ ⑤のつなぎとひき肉を合わせ、コショウ、ナツメグを入れゴムべらで混ぜる
⑦最後だけ手を使い、⑥を3回だけ混ぜる
一度決着した肉に体温ほどの熱を加えることにより、より強く結びつ
く「二次結着」の状態になります。
⑧すばやく形を整えた肉ダネを、「火をつけず油をひいたフライパン」にのせ、真ん中はへこまさずに、弱火にかける
肉がきちんと結着しているため中に空気が入らず空気抜きや真ん中
をへこませる必要もないのです。
⑨「フタ」をせず、出てきた油はキッチンペーパーで拭き取りながら弱火でじっくりと焼く
強火で一気に加熱すると、肉が急激に縮み旨味や水分が出てしまい
ます。
弱火で少しずつ温度をあげた場合は、肉がゆっくり縮むので旨味や
成分が出づらいのです。
⑩肉の半分くらいまで白くなってきたら裏返し、もう片面もじっくりと焼き、表面に肉汁がにじんで来たら完成
【肉汁を使わない(調理中に出ないので)、簡単絶品ソースの作り方】
①小鍋にバルサミコ酢を入れ、強火でグツグツと煮立たせ水分と酸味
を飛ばす
②煮立っているところに塩と溶けたバターを少しずつ混ぜ合わせ、
バルサミコ酢とバターを乳化させれば絶品ソースの完成