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天狗の下駄

裏山の神社には、天狗様がおらっしゃるけーねね。
おばあちゃんはそう言って、いつも神社に置いてある天狗の下駄を、綺麗に拭いていた。

本当にいるの?
久美子が尋ねると
本当だよ。昔会ったんじゃけー
とおばあちゃんは言った。

久美子は、こんもりした木々のどこに天狗がいるのか、神社に来るといつもキョロキョロしていたが、時々ざわざわと木が揺れるだけで、天狗の姿を見ることがなかった。

あれから十数年たち、おばあちゃんは亡くなった。
久美子はふと思い出して神社に行った。
天狗の下駄は、まだそこにあったけれど、もう綺麗にする人がいなくなった下駄は、薄汚れていた。
久美子は、その下駄を拭きながらつぶやいた。

天狗さん、おばあちゃん死んじゃった。
もう来ることができないよ。

すると、ざわざわ木々が揺れ出して、拭いていた下駄の上に天狗が立っていた。

天狗は言った。
知ってるさ。天に昇る前に、ワシに挨拶に来たからな。

そうだったのか…おばあちゃん、ちゃんと天狗さんに挨拶してから逝ったんだな。

婆さんの代わりにワシの下駄を拭いてくれてありがとう。
お礼にワシの力を3回だけ貸してやろう!
と言った。
気がつくと、久美子は天狗の下駄を履き、うちわを手にしていた。

天狗が消えるとそれらは全て消え、
久美子は、夢を見ていたのかな?
と思った。

しかしその後、不思議なことが起こった。
1度目は、弟が道路に飛び出して、あわや車に轢かれるかと思った時だった。
久美子は、走っても到底追いつける距離ではなかったのに、一瞬にして弟を抱きかかえ、道端に避けることができた。
もしかして、これは天狗さんの力だったのかもしれない。
ふと足元を見ると、自分の靴が天狗の下駄から元の靴に変わっていくところだった。

次に不思議なことが起こったのは、山に出かけたまま、お父さんが戻ってこなかった時だった。
久美子は、山の中にお父さんの匂いを感じた。
その匂いの方へどんどん進む。
ふと気がつくと、久美子の鼻は赤くて長く突き出ていた。
うわっと思ったけれど、おそらくこの鼻のおかげで、お父さんのいる場所がわかるのだ。
こうして見つけたお父さんは、山の中で足を滑らせて谷に落ちて動けなくなっていた。
なんと久美子は、そんなお父さんを担いで家に帰ってきた。
お父さんは不思議と重くなかった。
久美子の鼻は、家に帰ってくる時まで、突き出たままだったけれど、お父さんには見えないようだった。

あと一回あるんだな。
久美子はそんなことを思っていたけれど、どんなタイミングでその力が使えるのか、よくわかるなかった。

そんな頃、大きな台風がやってきた。
台風はノロノロも迷走し、同じ場所に居座ったので、各地に大きな被害が出始めていた。

久美子の家も停電になり暑くてたまらない。
久美子は、うちわで仰ぎながら、
この台風、早く勢力を弱めて、どこかに行っちゃってほしいよなあ
と呟いた。

ふと見ると、久美子の団扇は、大きな天狗の団扇になっている。

もしかして…
久美子は、雨戸の隙間から顔を出し、台風の方に向かって、
どこかに行っちゃえ〜
消えちゃえ〜
と叫んで、うちわを大きく振った。

しかし、風雨はすぐにはおさまらない。
ダメだったのかな…
そう思っていたが、少しすると急に風が弱まり、雲の切れ間に青空がのぞいた。

あれほど動かなかった台風が、その日のうちに温帯低気圧に変わり、足早に日本海に抜けて行った。

久美子は、台風一過の青空の下、天狗のいる神社に行った。
折れた枝や、大量の落ち葉を片付け、天狗の下駄を丁寧に拭くと、
天狗さん、ありがとう!
と空に向かって叫んだ。

木々がざわざわと大きく揺れた。

おわり


これは金曜の夜頃に書いていたお話です。
ノロノロとなかなか動かず、連日の豪雨に疲れ、早く動いてほしい。
どこかに行っちゃってほしいと、真剣に思っていた時です。
元は、毎週ショートショートnote
として書いていたのですが、どうにも長くなりすぎる。
しかも、書いているうちに、お題とどんどんかけ離れていく。

というわけで、それは諦めて、別のお話にしました。
久美子のおかげか?
台風は熱帯低気圧になり、ようやく少しは動き出したようです。

まだ雨は残り、台風一過の青空とはならないようですが、少しホッとしました。

そしてようやく出勤できる。
普段の月曜日は、あー又1週間が始まる…
なんて思って出勤してましたが、今日は出勤できる喜びを感じながらの出勤です。

しかし実はまだJRは止まったまま。
高速道路のバスは動いていたので、いつもより30分以上早く家を出て、バスの長い行列に並んだ。

なんと東の空は青空で強い日差しが照り付け、潤いすぎるほど潤っている地表からは熱気が上がる。昼前からはまた雨になるらしい。
首筋や顔から、汗をタラタラ流しながら、どうせ降るなら朝は曇ってほしいわ、などとわがままなことを思いながらバスを待った。

30分待たずにバスに乗れ、今日は、出勤できずに溜まってしまった仕事、片付けないとな。

とはいえまだ台風シーズンはこれからです。
元に今朝次の台風も発生したという。
それに、台風が過ぎて9月になっても、まだ30度以上の日が続きそうです。
考えると、恐ろしい。

どうかもう、大きな被害が出るような台風が来ませんように。
祈るような気持ちです。

すごく長い記事になってしまいました。

みなさま今日も安全にお過ごしください。

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