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レモンから

レモンから勢いよく、たくさんのしずくが飛び散った。

あるものは、レモンをギュッと絞った女の子の手をビシャっと濡らし、
またあるものは、女の子の白いブラウスに飛びちり、
女の子の口や目に飛び込んだものまでいた。

女の子は、ひゃっと声をあげて、手の甲で目を拭った。

それでも、女の子はさらに、レモンを絞った。
半分目を瞑りながら、口をギュッと結んで。

こうして、できたレモンの果汁に、蜂蜜とお湯を入れ、ぐるぐるとかき混ぜると、女の子はそれをマグカップに入れた。
そして襖のしまった部屋に行き、静かに襖を開けた。

そこには、赤い顔をして辛そうに寝ている女性がいた。

おかあさん、大丈夫?
女の子は尋ねる。

お母さんは、力なく
微笑む。

お母さん、蜂蜜レモン作ってきたよ。
いつもお母さん、私が熱出した時に、作ってくれるやつだよ。

女の子は、マグカップをお母さんに差し出した。
ありがとう。
お母さんは、そういうけど起き上がれそうにない。

女の子は立ち上がって、パタパタと部屋を出て、スプーンを持って戻ってきた。

まだ熱いかな?
いつもお母さんがやってくれるみたいに、スプーンの蜂蜜レモンに向かって、
フー フー
と2度ほど息を吹きかけてから、お母さんの口元に持って行った。

お母さんは、それを美味しそうに啜った。

ありがとうね。
でも移ったらいけないから、もう行きなさい。

お母さんは言った。
女の子はしぶしぶ部屋を出て、
ドアを閉める前に、もう一度お母さんを見た。

早く良くなってね。
女の子が言うと、お母さんは、小さくうんうんとうなづいた。

女の子は、台所に戻って片付けをしようとした。
でも、急に
お母さん元気にならなかったらどうしょう
と悲しくなって、涙がポトリと、レモンの汁が飛び散ったシンクに落ちた。

すると

お前また泣かしたのか?
俺たちが酸っぱすぎるからだろう
違うよ、お前がさっき目に飛び込んだせいだ!
と、ガヤガヤ声が聞こえる。

女の子が驚いて声の方を見ると、飛び散ったレモンのしずく達が、大騒ぎをしていた。

違うのよ、レモンのせいじゃないの。
お母さんが心配で泣いているだけよ。

女の子が言った。

レモンのしずくたちは、一瞬シーンとした。

でも、またガヤガヤ言い出した。
俺たちの仲間が、今頃お母さんの身体の中で、悪い菌と戦ってるはずだ。
レモンの力とお母さんを信じるんだ!
キミだって、いつも蜂蜜レモンを飲んだら、翌日には元気になっているだろう?
きっとお母さんも元気になるよ。

レモンのしずくたちは、一生懸命女の子を元気づけた。

キミも飲んでごらんよ!
そう言われて、女の子は、残りの半分のレモンをギュッと絞った。

レモンから、又たくさんのしずくたちが飛び出した。

今度はないていないかい?
今回は目に入ってないだろう。
いや、また洋服にたくさんシミをつけてるじゃないか!

女の子は、そんなレモンのしずくたちの話を聞きながら
クックックッ
と笑った。

女の子が笑ったよ
女の子が笑った!

レモンの粒たちは、嬉しそうに跳ねた。

女の子は、蜂蜜レモンをコクリと飲んだ。

レモンの粒たちが、口の中で暴れていた。

酸っぱい
でも甘い
美味しい

女の子も元気が出たような気がした。

こんな元気なレモンたちが、お母さんのお腹に入ったんだからお母さんはきっと元気になる!

女の子は、そう思って安心して寝た。

次の日も、その次の日も、女の子は蜂蜜レモンを作った。
お母さんの熱はだいぶ下がり、少しづつ起きられるようになった。

レモンは相変わらずガヤガヤと、を喋っている。

今日は泣いてない?
笑顔だよ、目に入ってないからな。
違うよ、お母さんがだいぶ元気になったんだろ!
そりゃー俺たちの力さ。
今日は口に飛び込んだだろう。
口ならいいだろう。
でもまた、女の子の服に飛び散った

女の子は言った。
今日はエプロンしてるから、大丈夫。
お母さんが作ってくれたエプロンなの

赤い可愛いエプロンだな。
じゃあ飛び散っても大丈夫だな。

4日目の朝、女の子が朝起きると、お母さんが台所に立って朝ごはんの支度をしていた。

女の子はお母さんに飛びついた。
良かった!元気になったのね。

お母さんは言った。
みーちゃんの蜂蜜レモンのおかげよ。

女の子は、レモンのしずくたちを思い出した。
頑張ってくれたのね。

あれから、レモンを絞っても、しずくたちの声は聞こえなかった。
それでも女の子は、レモンに語りかけた。

私は今日も元気よ!

シロクマ文芸部さんの、
レモンから
から始まるお話の企画に参加しました。

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