父と彼が初めて会話した、家族の単位が増える実感がわいた
雨続きの日曜日。
お昼、お気に入りの寿司屋(タオディエンの「香 はなれ」)に行っていつもの寿司セットを食べ、イカの塩辛を購入(ここの塩辛がうまくていつもテイクアウトする)
来週の帰国のための買い物をすませて帰宅。
さいきんハマっている星新一のショートショート(ボッコちゃん)を読んでいたら、うとうとし、軽く1時間以上寝てしまった。
昨日はずっと雨が降っていたけれど、夕方にはすっかり小雨に。涼しくて良い気候で、ベランダに出るのが気持ちいい。
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「独身最後の日曜日やで!!!」
彼が言い出した。
これを書きながら(入籍はつぎの月曜日やからつぎの日曜日はまだギリ独身やん)と思ったけれど、細かいことは除けておこう。
「来週よろしく、の電話しよ!」
ということで、お互いの家族に連絡をとって、うちの父と彼がはじめて電話で挨拶をしたりなどした。
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古矢家はわたしが9歳(妹が4歳)のころに離婚していて、ほとんどを女3人で暮らしてきている。途中の数年、母の親友(通称:あねご)が同居していたこともあった。あねごはお笑いが好きで、よく当時のbaseよしもとを観に行っていたな。
チュートリアル、野生爆弾、ブラックマヨネーズ、テンダラー、モンスターエンジン、プラン9、あたりを中心によく劇場に行った、良い思い出。
しかし、最終的にあねごはわたしたちの姉妹喧嘩や子どものいる騒々しさに耐えきれず、同居はいつの間にか解消され、あねごの行方はいまもわからないまま……。どこでなにしてるんだろうなあ。
そんなこんなを含めて、ハタチで家を出るまではそれなりにいろいろあり、「なんでうちはこんな環境なんだろう?」とマイナスに思うこともあったけれど、少しずつわたしも家族も成長し、自立し、父もまるくなり、いまではとても良い関係。
今年妹が実家を出たこともあり、全員がちがう県(国)にひとりで暮らしている。
母とは特によく連絡をとるが、ホーチミンに来てからは1ヶ月以上テレビ電話をしないこともあった(これはけっこう珍しい)。
「個」で生きながら、沈んだときや何かあったときは支え合う。
すごくいい関係なんじゃないかと思う。いまでは自分の家族が大好きだし、この家庭環境に生まれてよかったと心底思う。
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彼と電話した後の父に、
「なんかおもろいな、いよいよ娘が結婚やで」と伝えると、
「いやほんまおもろいなあ。(彼)くんがいちばん気を遣う立場やろうから、こんな親やし何も気にせんでええからなって言うといて」と、言っていた。
一方、彼も自分の父親に電話。そんなに広くない家なので、なんとなく横耳に入ってくるその会話を聞きながら、ああ、家族が増えるんだ、と思った。
彼と新しい家族を作って、彼の家族と家族になって、彼もうちの家族と家族になって。そんな、家族の単位が増えることを実感する。
わたしたちの出会いは12年前。今年の1月最後の日、12年ぶりに再会し、その9日後に付き合った。日本とベトナムという距離はあったし、わたしには経営する店が、彼にはこれから数年の時間とお金をかけて挑みたい目標があったけれど、ごく自然に話は進み、再会した4ヶ月半後にわたしはホーチミンに移住した。
すべてはタイミング、というのは本当だった。タイミングと縁。
こんなに急速に事が進んだことや、そこにお互い不安を持たなかったのは、「家族」という小さくて大きな概念が、ふたりの人生にとってかなり大事なものだったからだと思う。
彼も離婚家庭に生まれ、同じようにいろんな感情や気遣いのなかで生きてきた。
わたしの大好きな家族と、彼が大切にする彼の家族。そしてわたしと彼。これからどんな家族を作っていけるだろうか。
楽しみで仕方がないし、そのすべてを愉しんでいきたいと思う。