“アートなまち”を旅しよう! ~地方都市で、ハイレベルな現代アート~
“アートなまち” 高崎・前橋を旅した。
行先は、群馬県高崎市のギャラリー「rin art association」、前橋市の「白井屋ホテル」、そして美術館「前橋アーツ」である。
最近、これらのスポットが、現代アートのジャンルで全国から注目されている。
今回は現代アートギャラリーの「rin art association」を中心に紹介したい。
ハイレベルな現代アートを展示するギャラリー
JR高崎駅(群馬県高崎市)から徒歩5分ほどのギャラリー「rin art association」は、意識しなければ通り過ぎてしまいそうな、ごく普通の3階建てのビルである。
しかし、建物の中に一歩入ると、日本にいることを忘れそうな洗練された空間が広がっている。
最初の展示室には、薄暗い中にスポットライトを浴びて大きな立体作品が並んでいる。
まるで美術館の一室のようだ。
食虫植物のような作品
最初に目に飛び込んできたのは、自動車のマフラーを再利用した作品。
廃棄された自動車のマフラーという金属製品が躯体となり、そこに七夕飾りのような色紙で作られたオブジェが付けられて一体化している。
金属の冷たさや硬さ、使い古されてシルバーから茶褐色へと錆びていくシンプルな色あい。
そこに付けられたオブジェは、規則正しく折られた紙の柔らかさとカラフルな色合いが目を引く。
対照的な2つの部分が、意外にも絶妙なバランスをとりながら静かに佇んでいる。
しかも、花の形をした紙のオブジェは中心部がスピーカーになっていて、そこからは静かに音楽が流れ、マフラーにも共鳴しながら、見る者を音とともに作品へと引き寄せる。
じっと見ていると、あたかも食虫植物に誘い込まれる虫になった気分となり、作品の持つ危険で怪しげな魅力に吸い込まれていく。
ロンドンを拠点に活動する宮崎啓太の「Organisms of Control #5」という作品だ。
怪獣の卵か、それとも巨大化した和菓子「黄身しぐれ」か?
部屋の中央と奥には、子どもが想像する「怪獣の卵」のような作品が2つ並ぶ。
黄色い作品は、和菓子の「黄身しぐれ」が巨大化したようにも見える。
信楽焼で学んだ桑田卓郎による作品「Untitled」だ。
これらは陶芸の手法で作られている。
陶芸といえば茶碗などの食器が中心であったが、1950年代以降、八木一夫をはじめとした前衛陶芸家らが、陶芸の技術を使いながらも既成概念にとらわれない立体作品を制作するようになった。
最近では、三島喜美代による、空き缶や新聞を陶芸の手法でリアルに再現した作品が人気となっている。
しかし、桑田卓郎の作品は、陶芸の手法で作ったことを感じさせない。
逆に「これが陶磁器と同じ手法で作ったのか?」と驚くような意外性がある。
特に、これらの作品の上から垂れてくる部分は、樹脂のような柔らかな形をしており、色も鮮やかである。
本体から浮き出たようにも見えるが、針金のような棒状の素材で支えるという、巧みな技法が使われている。
そして本体は、指で丁寧に粘土を押しながら作られた痕跡があり、言われてみれば陶芸の手法であることがわかる。
いずれも1メートルを超える大きな作品で、信楽焼で作られた狸がきれいに化けたような、そんな驚きをもって見入ってしまった。
美術館レベルの作品
贅沢にもこれらの作品3点だけを展示した空間は、その配置やライティングも絶妙で、あたかもヨーロッパの美術館に来たかのようだ。
しかも、どの作品も不思議な生き物のようであり、廃墟となったヨーロッパの古城に迷い込み、魔界にでも入ってしまったような錯覚に陥った。
歯ブラシがアートに化ける
ギャラリーのオフィスに、さりげなく飾られた作品。
最初は、スタッフの歯ブラシが壁の棚に置かれているのかと思った。
しかし、よく見ると、歯ブラシの先端から鉄塔が立ち上がっている。
しかも、6本の歯ブラシは色も形状もそれぞれで、そこから立ち上がる鉄塔も送電用だったり通信用だったりと姿が異なる。
そして、鉄塔は立っているというよりも、あたかもニョキニョキと生えてきたかのように見える。
それもそのはずで、ブラシの部分を一本ずつ抜いて、それらをピンセットを使って接着しながら組み立てているのだ。
日用雑貨をアート作品に化けさせてしまうという、その奇想天外な発想と巧みな技術に驚いた。
岩崎貴宏の「Out of Disorder(Bushes of World)」という作品だ。
これらの作品は非売品ではあるが、鑑賞することで、このギャラリーのアート作品への取組み姿勢やレベルの高さを知ることができる。
古城のような空間を階上へ
階段を上がっていくと、その途中で、ある空間に引き込まれる。
一歩、中に入ると、眼前にはフラフープが連続して渦を巻きながら、部屋中を埋め尽くしている。
日常の空間から、いきなり宇宙にでも飛び出したような錯覚に陥る。
足元の床には深いパープルの布が敷き詰められ、宇宙に広がる深い闇を感じる。
しかし、目の前に広がるフラフープは蛍光色のグリーンで、たくさんの星々が閃光を放ちながら乱舞する軌跡のようで、激しい動きや眩しさが伝わってくる。
そして、奥に目を移すと、壁面はやや明るいピンクに染まっており、太陽の光が遠くから差し込んでくるような明るい予兆が感じ取れる。
この個展のタイトルは「big rip」で、「宇宙のすべての物質は加速を続け、ある時点でバラバラになるという宇宙の終焉についての仮説を意味する」という。
しかし、私には足元の暗い世界から、星々の間をすり抜け、明るい未来に向けて宇宙遊泳をしていくような印象を受けた。
いよいよ宮殿の客間へ
その部屋を出て階段を登りきると、白い大きな部屋が迎えてくれる。
正面の広い壁には、大作「big rip」(H210×W420×D59 cm)が飾られている。
鮮やかな色が画面いっぱいに輝き、一見、不規則に見える多くの曲線だが、魅力的な構成で引き寄せられる。
近づいて見ると、布がコラージュされたり、銅線がアッサンブラージュされたり、また、ラメが使われたりと、画材にもバリエーションがあることに気がつく。
宇宙にふさわしい大作に、無限の広がりを体感できる。
「big rip」と「big bang」
2階の作品が星々の軌跡を描いた作品だとすれば、こちら3階の作品は宇宙のはじまり「big bang(ビッグバン)」の瞬間を色鮮やかに描いた作品であろうと、相互の関連性や連続性を考えながら作品を楽しむことができた。
軌跡を表現したり一瞬を描いたり、暗闇があったり閃光のような明るさがあったりと、それぞれの対極性を楽しめた。
円形の作品に宇宙の広がり
奥の部屋には、円形の作品が3点ほど飾られていた。
宇宙は球状に広がっていくのだろう。円形の作品には長方形では表現できない広がりがある。
描かれた素材が、円の枠を飛び出して広がって行くようだ。
作品に描かれた艶やかな色や形は和服を連想させ、宇宙の中に日本の伝統美が表現されているようで、心が和んだ。
プラスチックの鎖で、豪華なシャンデリア
展示室を出て階段を下りていくと、正面には濃いピンク色の巨大なシャンデリアが天井から吊るされていた。
なぜか赤色のパトランプが回転しながら点灯していて、意外性をもって見入ってしまった。
なんと!ホームセンターで売られているプラスチック製の鎖で作られているではないか。
シャンデリアの持つ非日常的な豪華さと、素材のもつ日常的な生活感は対極にあって、作家のメッセージはどんなことであろうと想像していると、頭の中がパトランプのようにグルグルと回ってしまった。
思案しながら、シャンデリアに見送られるように出口へと向かった。
作品が発する驚きとストーリー
鬼頭健吾の作品は、一言でいえば、パワーや勢いがあって、とても魅力的だった。
宇宙をテーマにしたストーリー性があり、自分なりに作者の意図を想像しながら鑑賞する楽しみもある。
その一方で、「作者の真のメッセージはどういったものなのか?」と気になったが、なかなか思い浮かばない。
答えを急がずに、宇宙ができた時間のようにゆっくりと楽しみながら探っていきたい。
旅をするような非日常性こそ、ギャラリーの魅力
旅は、日常から逃れて、非日常を楽しむもの。
そして、その地の光を観ること。
鬼頭健吾の作品は、宇宙という非日常の中に光を観ることができる。
ギャラリー「rin art association」の建物に入ると、いきなり非日常の世界が広がり、旅の醍醐味を味わうことができた。
東京でも高い評価
現代アートギャラリーは、その多くが六本木や天王洲などの東京に集積している。
しかし、rin art associationでは、そうした常識を翻すかのように、地方都市の高崎市から最先端のアート情報を発信している。
さらに昨年10月には、東京にある日本現代美術商協会のギャラリー「CADAN有楽町」で企画展「COMBINE !」を開いたが、展示作品は完売で追加するほどの盛況ぶりだった。
地方都市での現代アートの可能性
高崎市に隣接する前橋市では、「白井屋ホテル」と「アーツ前橋」が、現代アートをキーワードに情報を発信し、話題となっている。
白井屋ホテルは、現代アートをテーマにして、古いホテルを再生した。
建物をリノベーションし、新たな商業施設等も加えて2020年にオープンしたが、当初から全国的に注目されている。
入り口や通路には鬼頭健吾のオブジェが飾られ、フロントでは杉本博の巨大な写真がゲストを迎えるなど、現代アートの作品が随所に見られる。
新設された緑の山のような建物には、アート作品が展示された客室のほか、カフェやベーカリーなどもあり、多くの人でにぎわっていた。
筋向いにあるアーツ前橋は公的な美術館で、商業施設を改装し2013年にオープンした。
訪ねた日には「生の軌跡―Traces of Life―」と題した企画展が開催されていて、収蔵品を中心に地域ゆかりの作家の作品や、群馬県内の美術館やコレクターの所蔵品が展示されていた。
いずれも現代アートで、群馬県を代表する作家のオノサトトシノブをはじめ、鬼頭健吾のインスタレーションなど見応えがあった。
白井屋ホテルとアーツ前橋が立地する中心市街地は、他の地方都市と同様に郊外化の進展で、かつてのにぎわいを失っていた。
しかし、この二つの施設それぞれの魅力と相乗効果で、若者や家族連れがまちに戻りつつある。
二つの施設に共通するテーマは、現代アートだ。しかも質の高い作品と接することができる。
そして、現代アートをキーワードにして、まちの再生へと広がりつつある。
現代アートと地域文化
「現代アートは東京」というイメージが強いかもしれない。
そうした中で、高崎・前橋といった地方都市が現代アートで注目されるようになった背景には、様々な要因が考えられる。
その中で最も重要な要因は、作家、ギャラリスト、コレクター、アートファン、プロデューサー、公共セクターなどの「人材」である。
この地域に、アートを核にして人材が揃い、まちを再生している。
こうした人材によって地域に現代アートが浸透し、まちが活性化すれば、現代アートが一過性ではない地域に根差した文化、つまりその地にしかない「独自の地域文化」になる。
“アートなまち”を旅しよう!
魅力度ランキング44位と揶揄される群馬県で、これほどたくさんの、そして質の高い現代アートを楽しめるとは驚きかもしれない。
しかし、現代アートには「驚き」が欠かせないように、旅にも「驚き」が欠かせない。
ぜひ、“アートなまち”高崎・前橋に旅をして、その地ならではの、その地にしかない現代アートを楽しんでいただきたい。
最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました。 ほかの記事もよろしくお願いいたします。