愛せ、君の人生を、
今がどんなに、どんなに、でも、未来のことを思わなくちゃ前に進めない。未来のことをそっと願ったり祈ったり、思ったりすることこそが「愛」なんじゃないかななんて。そうやってなんとか未来のことを見て進んできた、いやそうやって進むしかなかった彼らを見ていたら改めて20年続けてくれてありがとう、わたしを含めたくさんの人の道標になってくれてありがとう。ありがとうより最上級の感謝の言葉がないからもどかしいです。
ここから見返してやるとか、ここから取り返す、とかそんな力強さがなくても(それも素晴らしいことです)、明日にはもう消えていたいとずっと本気で考えていたあの頃のわたしがどうにか未来のことを考えようと思えるところまで自分を導いて連れて来れたことこそが本当は人生に置いて一番美しいことなのかもしれない。未来のことをちゃんと思える、想える、それはきっと、愛だ。
真駒内セキスイハイムアイスアリーナに足を運んだのは7年ぶりでした。
記念すべきSUPER EIGHTの20周年アリーナツアの最終公演地、そして最終公演を見るために北海道まで足を運びました。前に観光を挟んでの3泊4日の旅は、今年変化の多かった自分の人生をゆっくり振り返る貴重な時間でした。
土日、どちらともびっくりレベルの最高の席で、近くで彼らの歌っている姿や演奏している姿を見て、20年間の色んなことを思い返した。最終的に5人になって、それでもこんな世界で歌い続けることを選んで、こんな世界を愛してると言い切れることって簡単なことではないってわたしにも分かるような気がして、なんだかずっと夢をみているみたいでした。
最終公演のオーラスが終わって、友達とは飛行機の時間の関係で座席で「バイバイまたね」と急ぎばやに別れた。そのあと、違うお友達と合流をしてすすきのに飲みに繰り出して居酒屋でお酒を飲みながらたくさんおしゃべりをして、「またね」と別れた。
永遠なんてないことはもう散々、嫌なくらい知っているけれど、お友達と交わした「またね」は本当に次も会うんだろうなという「またね」だったし、またこうやって遠くまで大好きな人たちのコンサートを見て元気を、生きていく活力をもらうための「またね」だった。
でも同時にわたしは自分の中で、ちゃんと手放したい「またね」があることに気づいてしまった。すすきのの改札でお友達に手を振った時に、なぜだかもうあの時のあの人に言った「またね」には二度と続きは存在しないんだろうなとびっくりするほど素直に理解してしまった。
彼らは歌った、確かにあったものは忘れなくていいんじゃない?と。あれも、これも、それも、奏でたブルーの悲鳴ごと全てが揃ってこその人生だから、無理矢理に忘れなくていい、僕たちのことも8人から始まった軌跡を知ってる人は覚えていてください、そんなメッセージをちゃんと受け取った。
忘れたくないというより、当たり前かもしれないけれど全てが過去になっていくのが寂しい。幸せだと感じるその瞬間はその時が最高で、終わってしまえば自分の頭の中で記憶を反芻するしかなく、あの時の鮮烈さの全ては思い出せない。忘れることはない、きっと自分にとって大切だと感じたことは覚えてるというけれど思い出すこととその時感じた感覚が違うことだけは分かる。時間を止めれたらいいのに、輝くあなたをずっと見ていられたらいいのに。好きだと思ったその瞬間でずっといれたらいいのに。だから多分、アップデートしたくて何度も何度も見に行きたくなるんだと思う。見ている最高の時間をどうにか閉じ込めて永遠にしたいだけだ。
「何回も同じコンサートを見て楽しい?」と聞かれることも多いけれど、違うんです、うっかりだろうがなんだろうが1回でも何回でも大好きだから見に行くんです!と叫びたくなる。あの日とこの日の公演の大好きなあの人のパフォーマンスはちゃんと違うから、だからこの目に焼き付けておきたい。自分の記憶力がAI並ならいいのにな、と思う。それならばもしかしたら1回の観劇で全てを理解して納得できたかもしれない。
わたしは自分が昔から、どうしても〇〇になりたい!だとか、どうしてもこの職業で働きたい!だとか、そういったいわゆる将来の夢が一つもなかった。それなりに就活をして、リーマンショックの影響を受けながらなんとか内定を勝ち取って流れ着くように今の職業についた。
何の取り柄もなく、秀でた才能もない自分だからこそ、誰かを、あなたを応援することでなぜだか一緒に夢を叶えているようなそんな気がした。デビューしてほしい、たくさんテレビに出てほしい、もっともっと大きい会場でコンサートをしてほしい、そういった数えきれないほどの野望をエイトは次々と叶えていってくれた。でも、その道すがら、それは違うんじゃない?どこに向かっているの?とそう思う時があったのは確かで、途中でそっと離れてしまった自分もいた。
自分が歳を重ねて人生を進めるいくうちに、様々な決断の裏側には幾重に重なる多数の理由があることを痛いくらい理解するようになって、「変化=悪」ではないことを知った。たくさんの困難や変遷も乗り越えて20年間エイトを守り続けて、そして「こんなところで終わらない。まだまだこれから!」と言い切れる彼らにわたしが贈れるものなんてコンサート中にペンライトを一生懸命に振ることや拍手くらいしかない。
自分の価値観を捨てて誰かの価値観に寄り添う、それを最優先して特にこの2年間ほどを生き抜いてきた結果、得たものは世間的なマジョリティから抜け出してマイノリティにひっそりと身を置き換えたというただの事実だけだった。でも、それが大事だと揶揄される世界線に生きている限り自分もみんなと同じく擬態することでしか両親さえも安心させられないと知ったから、自分で大きな選択をした。でも、わたしの経験は本当に誰にもオススメしないし(大事なお友達にはそれを伝えてます)、わたしは婚活を通してすでにねじくれ上がっていた人生の少し乱暴な解決策というか、一度スクラップして新しく人生をビルドするのにはすごく良い選択で冒険だと思っています。そんなことを語るとわたしがとても不幸みたいに思う人もいると思うけれど、全くそんなことはなくて、これはわたしだからこそ決断したことで、ただそれを誰かに真似して欲しい気持ちは全くないということで、わたし自身は以前よりも自由になったことで自分のことをもっと大事にしてあげようという気持ちが大きくなった。
わたしの脳みそで考えていることが、他の誰かにとっての永遠や正しさの定義と一致するわけなんてないと知っているけれど、自分がどういう生き物でどんなものを求めていて、存在していたのかはちゃんと自分は知っておきたかった。だから真正面から向き合うことで自分の人生をコツコツと自分なりにカスタムしなければ、いつか取り返しのつかないものになるんじゃないかなとそんなことだけはひっそりと長年感じていたことです。だからきっとこうやって、いつの時も残しておきたい気持ちについては長ったらしく文章にしておきたいんだろうな、と。
みんなみたいな「普通」の人生を歩んで来れなかったことを責めなくても、自分のことを切り刻まなくても、わたしはわたしを生きていく権利があるという当たり前の自由を、感覚をやっと飲み込めて光が差した気がした。
みんなが良いと思うものとは違うものを好きになる性質が昔から自分にはあることを理解していた。だけどあまりにみんなとかけ離れたものを選ぶ時、自分の頭の中がトンチキな気がしてきて、間違った存在なんじゃないかと思う夜があった。
みんなと同じ最大公約数のものを好きになれない自分は本当におかしいんじゃないか、なんて問いただす夜が確かにあった。そのうちに、自分がおかしいんだと思うことで安心するようになったけれど、それではいけないと心のどこかで知っていた。だって生まれてこない方が良かった人も、生まれてこない方が良かった感情だって、ひとつもあるはずかないから。
一つ言えるとしたのなら、わたしの目で見て、わたしの目で見て感じでいるこの世界が、みんなにとっても同じように見えたらいいのに、そしたら言葉さえもいらないのに、多分手をぎゅっと握るだけでも伝わるのに、それならどんなに良かっただろうといつも心のどこかで寂しがっているのは確かです。
もう自分の心と頭の中にしか、本当の自由がないことに気づいてからは、大事な自分の想いは人に話すことは少なくなった。どうしたって理解できないものも他人にはたくさんあるわけで、それでもきっとわたしがわたしらしく生きているのなら、またどこかでわたしの話を聞いてくれる強さと優しさを持った人は現れるだろうという確信を信じたくなったからだ。
わたしたちは常に変動し続ける時代や価値観によって善悪や安全性や人生の持続可能性さえもゆるがされる本当に弱い生き物だ。親も周囲も友達も恋人も会社の上司も学校の先生も、国も行政も、街も、自分自身でさえ確かな正しさなど持ち合わせていない。そこにあるのはそれぞれが掲げる正しさと名のついた不安定すぎる価値観でそれが真に誰にとっても正しさとして機能するものではない。
誰かにとっては乗り越えられるものであっても、他の誰かにとっては取り返しのつかない選択をする最後のひと押しになってしまうことだってあるだろう。
他者を知ることで、他者の人生を見たり聞いたりすることで少しだけその人の人生を生きられる。ほかの人生の質感を知り、どんな世界を見ているのか想像する。もうここにはいない、あの人はどんなふうに過ごしているのか想像してみる、生きる、生きる。そうやって少しだけでも自分と違う他人のことを理解することが出来ればきっともう少し優しい世界になるはずだと、なんだかそんなことをダブルアンコールの「ひとつのうた」を聴きながら思った。今までの自分の人生を振り返り、20年間のエイトとの思い出を振り返り、そんなことを思いながら彼らが5人で肩を組んで歌う姿を後ろから眺めていたら涙が頬をこぼれ落ちて、そしてそれは歌い終わるまで止めることができなかった。今、わたしはとてもとても優しい空間にいて、すごく幸せだと。
だからやっぱり自分の人生を自分で愛するしかない、と。愛して、自分の人生を、そう言われている気がした。