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『アメリカン・プリズン──潜入記者の見た知られざる刑務所ビジネス』「更生より収益性」の原理が支配する民営刑務所の実態

カリフォルニア州矯正局は先日、8月末までに約8,000人の服役囚を釈放すると発表した。理由は言うまでもない。世界の囚人数のうち約4分の1を収容するアメリカでは、刑務所内での感染拡大が深刻な問題になっている。考えてみれば「密」を避けるうえでこれほどハードルが高い場所もないかもしれない。同州では2月以降すでに約10,000人が解放されている。

いくら手に負えないとはいえ、そこまでするのかと思った人もいるだろう。だが本書を読んだ身からすると、起こるべくして起こった事態との印象が強い。新型コロナをきっかけに、もともとのいびつな構造が可視化されたという見方もできる。まして本書のテーマである民営刑務所ともなれば、まだ明るみになっていないことも多いのではと想像してしまう。

州や連邦の手による公営とは異なり、民間企業が運営する「刑務所ビジネス」は、1970年代から加速した囚人数の増加を受けて急拡大してきた。企業側は大きな利益を上げる一方、公営に比べ情報開示に消極的なため、内実はあまり知られていない。雑誌記者である著者は、ルイジアナ州の民営刑務所のひとつ、ウィン矯正センターで2014年末から刑務官として働きながら潜入取材を敢行する。知られざる実態を、米国刑務所ビジネスの歴史とともに解き明かしていくのが本書だ。

収益性が前面に打ち出された刑務所ほど恐ろしいものはない。明らかに何もかもが不足している。一般囚を収容する棟では、フロア係の刑務官が受刑者176人につきたった1人の割合しかいない。手持ちの警棒や催涙スプレーはなく、持ち歩くのは無線のみ。危険で精神的負荷も大きい仕事にもかかわらず、時給はウォルマートと同水準の9ドルだ。同じルイジアナ州でも、公営の場合は時給12.5ドルから始まる。「きっちりやるほど金もらってないだろ」と受刑者にからかわれるのは日常で、賄賂を受け取ってしまう職員も後を絶たない。

当然、刑務官の意識は低い。30分に1回行う決まりになっているフロアの見回りは、著者の見るかぎり一度も徹底されていなかった。 職員がトイレに銃を置き忘れ、受刑者から「落ちてたぞ」と知らされるなど笑えない失態もある。職員が異常を確かめもせず警報を切ったために、脱獄を許したことも。監視塔には、人員削減を理由に数年前から誰も配置されていなかった。

職員不足は受刑者にとってもマイナスだ。見張りの人数を確保できず、更生や職業訓練のプログラム、運動場で体を動かす時間がカットされる日も少なくない。シフトが組めないので、受刑者を一日中に出さない(出せない)こともある。フラストレーションが溜まらないはずがない。「もっと刑務官を増やせ」と受刑者が文句を言う刑務所があるなんて誰が想像できるだろうか。同じ州内の公営刑務所とくらべると、服役囚1人に割ける1日あたりの費用は3分の2程度の34ドルにとどまる。

現場もめちゃくちゃだが、バックにある組織も相当にひどい。運営企業であるCCAの極度の隠蔽体質、服役者を人として扱わないような態度がにじみ出るエピソードの数々はとても挙げきれないので詳細は本書に譲る。読めば読むほど、問題は刑務官個人にあるわけではないことがわかるだろう。

ここまでは、元服役者や職員への取材や資料調査を通じて「塀の外」からでも追いかけられる内容かもしれない。本書の真価は、「塀の中」から刑務官や受刑者の心理に迫るところにある。

実は、著者はとある経緯から囚人として「塀の中」で過ごした経験がある。受刑者側の心理にも敏感な著者が、刑務官として「一人前」になっていくプロセスには引き込まれた。仕事が板につくほどに、周りの空気に、さらには民間刑務所のシステムに取り込まれていく。その有り様を通して、刑務所ビジネスそのものの根深い構造が妙にリアリティをともなって伝わってくるのだ。

親切に対応するとナメられてしまうが、規則を頑として譲らない刑務官は恨みをかう。逆恨みした受刑者が別の囚人にカネを積み、自分を取り締まった刑務官をボコボコにするよう仕向けたこともあった。敵意をむき出しにする者、神経を逆撫でする者だけでなく、受刑者がいかに人として扱われていないかを鋭く訴える者もいる。ふとした瞬間、彼らの自由を奪っている自分自身に嫌気がさす。すべての人を人間として扱おうとするほど、神経がすり減っていく。

刑務官と受刑者、双方がいびつな構造の下で疲弊していく様子が本書からはよく伝わってくる。駆け引きやストレスのぶつけ合いで互いに消耗しているが、結局はどちらも行き過ぎた収益性重視の原理に飲み込まれた被害者なのだ。コストカットで現場が疲弊するといえばありふれた話に聞こえるが、刑務所となるとその悲惨さは比較にならない。もし同じ境遇に自分が置かれたとして、まったく抵抗できる気がしない。構造に取り込まれ、理性などあっという間に吹き飛んでしまうだろう。あらゆる問題点について、決して個人の責任に還元しない書き方を貫いているところにも著者の意思を感じる。

ささいなことで頭に血がのぼり、「怒鳴ると生きている感じがする」ほどになった著者は、4ヶ月で退職を決意する。心身ともにもはや限界だった。ネガティブな話だけで全編埋め尽くされているわけではないが、まともな人ほど長く続かない環境なのは明白だ。刑務官を経験者のうち3分の1がPTSDになると言われていて、この割合はイラクやアフガニスタンからの帰還兵よりも高い。一般市民とくらべて自殺率は2.5倍、死に至らずとも平均より短命な傾向にあることを示す調査結果も存在するという。

刑務官を辞めた翌年に発表された特集記事は一大センセーションを巻き起こした。その年の全米雑誌賞に選ばれ、追加取材を経て2018年に書籍化されるとこちらも数々の賞に輝く。しまいには、オバマ政権下の司法省から、連邦刑務所の民間委託を取りやめる方針が打ち出されるほどの事態にまで発展した。もっとも、その決定はトランプ大統領になってから覆され、株価が一時急落したCCAも社名を変えて再び勢いを取り戻すのだが……。後日談も興味深いので、ぜひ実際に確かめてほしい。

ビジネスとして刑務所を運営することの根本的な難しさが、これでもかと突きつけられる。受刑者にギャングが多いとかえって秩序が保たれるなど場合によって差はあるものの、システムとして成立していないのは誰の目にも明らかだ。さらに元をたどれば、厳罰化によって受刑者数が膨らむことの負の面や、囚人の人権を守るために税金を払う覚悟はあるか、といった問題にまで行き着く。犯した危険、米国社会に与えた影響、投げかける問題の重さ、どれをもってしても貴重な仕事だと思う。邦訳は正直もうちょっと話題になっていいような気もするが、このまま埋もれてしまうにはもったいない一冊だ。

最後に触れておきたいのが、南北戦争以前にまでさかのぼる、刑務所と囚人労働の歴史について。本書では潜入ルポと交互に1章ずつ費やす力の込め方で、囚人労働は安価な労働力として数百年にわたり、米国のあちこちで必要不可欠とされてきた歴史的経緯を描く。アメリカの刑務所制度における「更生より収益性」の原理は奴隷制の時代から存在し、人種差別の歴史とも切り離すことはできない。

関連して、Netflixのドキュメンタリー「13TH」もあわせておすすめしたい。囚人数激増の大きな要因となった、1970年代以降の厳罰化の流れ。その舵を取った当時の政権のスタンス。そして何より、米国刑務所の歴史と黒人差別の歴史との密接なつながりを知ることができる優れた作品だ。「ブラック・ライヴズ・マター(BLM)」運動の背景を知る上でも必見だろう。本書を補完するような内容でもあり、57分あたりからはCCAも登場する。アメリカの囚人数は近年減少に転じ始めたが、根本的な解決にはまだ遠い。現在Youtubeで無料公開されているので、こちらもぜひ目を通してもらいたい。