『習慣の力〔新版〕』変えるためのコツは、意外とシンプル
自分でコントロールしていくものか。やむをえず染みついてしまうものか。
習慣ときいてまずイメージするのは後者だ。飲酒に喫煙、浪費癖。ちょっとした空き時間とか退屈を感じた時にまずスマホ、みたいなのもそのひとつだろう。後からいかんと思いつつも、ときにはほぼ無意識のうちにやってしまう習慣の数々。自分自身、いちいち思い返したくないくらい心当たりがある。
かといってただ我慢すると反動がくることも。すぐ読むもの以外買わない生活を続けようとしたものの、気づけばAmazonプライムデーのセールでポチりまくって結局チャラに(これは3日前の自分)。習慣というのは本当にままならない。
前者の世界(理想)に生きたくても、なかなかそうはいかない。でもしくみを知って、ままならないなりに多少抵抗したい。そんな人たちのための一冊だ。アルコールやニコチンといった定番から、爪を噛む癖まで。さまざまな例とともに、習慣のしぶとさ、繰り返しのメカニズムについて解説される。
本書の一番の魅力は、主張のシンプルさにある。最低限覚えればいい言葉は3つだけ。「きっかけ」「ルーチン」「報酬」である。
これらはある習慣が起動しているときに、脳の中で起こっている3段階のプロセスだ。考えが煮詰まった(きっかけ)→喫煙(ルーチン)→頭がリフレッシュ(報酬)のような流れで、この3つは循環しているイメージ。きっかけと報酬が相互につながると、強力な期待や欲求が生まれる。この例でいえば、ちょっと煮詰まったらすぐにニコチン欲求が湧いてくるようになるのだ。
このループ構造をしっかりと意識するだけでも行動が多少違ってくる。新しい習慣を身につけるのに成功した人々を追った研究では、特定のきっかけ(職場から帰宅直後にジョギングとか)と、具体的な報酬(罪悪感から解放されて飲むビールとか)を設定した人のほうが続けやすいことがわかっている。
しかし単にご褒美を用意すればいいという話ではない。無数の研究によって、きっかけと報酬そのものには新しい習慣を長続きさせる力はないとわかっている。重要なのは、きっかけにふれた時点で、脳が報酬を「期待」するようになること。帰宅直後、すでにひと汗かいた後のビールのうまみを強く欲しているくらいの域までいけば、ランニングシューズの紐は無意識のうちに結ばれるというわけだ。
染みついた習慣を変えたい時にも、「きっかけ→ルーチン→報酬」のループを知ることが役に立つ。ポイントは、前と同じきっかけで、前と同じ報酬を使いつつ、新しいルーチンを組み込むことだそうだ。タバコを単にやめようとするのではなく、ニコチンへの欲求を感じた時、喫煙に代わる行為(散歩でリフレッシュするとか)を見つけなければ、禁煙するのは難しい。
ではその新しいルーチンを見つけるときのコツは……といったあたりは実際に確かめてほしい。法則はシンプルでも、自分の本当の欲求はすんなり分析できるとは限らない。そもそも、考えないでやっている行動について考える(自覚する)ことは、自分だけでは難しかったりする。本書はエピソードやコツを解説することで、その手助けをしてくれるだろう。
一方で本書の射程は、個人の習慣改善といった範囲にとどまらない。ビジネスの視点から、顧客にいかに「きっかけ→ルーチン→報酬」のループを回してもらうかといった話も興味深い。
ジムの会員に継続を促す一番の要因は、スタッフが会員の名前を覚えているとか、一緒に取り組む友人がいるといった交流の部分にあるというのは感覚的にも頷ける話だ。YMCAが15万人以上のジム会員について調査した結果、見えてきたことだという。豪華な設備は入会を促す理由にはなっても、会員をつなぎとめる上では友人やスタッフと触れ合うこと(という習慣の形成)の方が重要になる。
最終的には社会運動や宗教といったスケールにも考察の対象は広がっていく。そういう話はいいから、目の前の習慣を変える具体的なやり方を知りたい! という人には、巻末の付録の部分をおすすめしたい。自分自身の習慣のループをどうやって分析すればいいのか、その具体的なステップや注意点が解説されている。ただし万能薬はなく、地道な取り組みあってこそという事実は忘れずに。
習慣の力について考えることは、ある意味「人が繰り返し何かに駆り立てられる」メカニズムを考えることでもある。「習慣」という視点で見えてくることの多さ、その汎用性にも気がつかされる一冊だった。