アンカー
後悔してる。
なんで言ってしまったのか
このひとならと
思ってしまったのだろう。
1つの喉に詰まったどんぐりが、これまで溜まってきたどんぐりを刺激して、お腹の中で騒ぎ立てます。
ああ、わたしはわたしを諦めたくは無いのです。
それがどんなに重くても。
どんなに醜い姿に見えようとも。
ですがこのどんぐりたちは、アンカーに敏感なのです。
わたしのアンカーは赤黒く錆びた、純度の低い荒い鉄かもしれません。
このアンカーは世界のだれかには理解されるかもしれません。しかし、誰かを救うことはないかもしれません。
いえ、人への救いにはできないのです。
なぜなら、これは、わたしのためのアンカーだからです。
重たくて、引き上げるのには少しの苦労と準備が必要になります。
海面に出たアンカーが太陽の元晒され、本当の姿を見るたびに、残念でみにくくて目を背けたくなります、わたしでさえ。
そんなアンカーを人目に晒してしまうことがあります。
この人ならと、引き上げてしまうのです。
アンカーを見た人の顔がひきつるのを見るたびに、ああなぜこんなアンカーをという想いが、わたしのどんぐりたちを騒がせるのでしょう。
わたしのどんぐりたちは、わたしの中で何かをささやいています。
小さすぎて、わたしの耳にまで届きません。
いや、届いていても聴きたくないのです。
わたしはその声だけは耳に入らないようにしています。
しかし、ささやきが消えることはありません。
ささやいている声は口々に、アンカーのおどろおどろしい姿を、責め立ててきます。
ですが、わたしはこのアンカーを諦めたくはありません。
諦められないのです。
だれがなんと言おうが、どんな反応をされようが。
それは雲になったあの子のためでしょうか。
いいえ違います。
そんな殊勝な奉仕のこころからではなく、それはエゴです。自己愛です。わたしの生命線です。
わたしは魔法が解けることを恐れています。
シンデレラのように美しい靴が残せればいいのに。
アンカーを引きずった痕は、わたしのカツカツの歩みを物語っています。
そう、この砂の痕も。
それが本物のじぶんのすがた。
わたしは振り返るのさえ怖くて、ずっしりと肩に沈む鎖を引き、また海に戻すのです。
何回こうして、砂の上をこの想いで、わたしは歩くのでしょうか。
わたしはわたしのアンカーの扱いにすら困る、ただの悩み深いひとりのひと。
ですがわたしはわたしのアンカーを諦めたくはないのです。
このアンカーがどんなにわたしの重荷でも。
それはわたしだけが知っている、わたしだけの、わたしのための、わたしのすべての。
わたしがわたしたる所以の、その真の姿なのです。