嘘つきで変な大人と、8歳の女の子。
ある8歳の女の子と、よく2人で話す。
その子はわたしの子どもの同級生で、親ではなく、同じ境遇の子どもたちと同じ家で暮らしている。
去年PTAに関わり頻繁に登校していたわたしは、最初は教室の前でその子と挨拶を交わしていたが、徐々に手に触れる距離で話すようになった。
今の子らしく、細い竹のような体に薄い生地の服を着ていて、だけど少し違う目をしているのが印象的だった。
一度も、だれのお母さん?と聞かないのは、もう知っているからだろうと思っていた。
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新雪が雲から零れそうな寒い朝、彼女が薄い服から肩を出して歩くのを見て、わたしは思わず「見てるだけで寒いよう」と褐色の細い肩をしまった。ついでに背中と腕をゴシゴシと摩擦した。
なかなか温かくならない背中をチャイムの鳴るギリギリまでしごく間、彼女はわたしをしばらく見てから「この服昨日もらったの」と話した。
兄弟がいるのか。わたしは「そんな大人っぽい服着ちゃうの?似合うね。寒くないの?!」と近所のおばさん然と笑い、手を休めることなく骨張った背中を温めた。
あの子と話したんだ、と子どもに話すと、そんな境遇の子だと聞かされた。
そうなのか、それは気がつかなかった。
綺麗な目をしていた。眺めるように見つめられたことを思い出した。
あんなに大勢の子どもの中で、なぜかそうなったのか。それからも彼女は、昨日の話やさっきの授業のことを、わたしの手を握りながら話してくれるようになった。
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昨年、絵本の読み聞かせ当番があり、わたしは懐かしい一冊を持って出掛けた。
素っ頓狂な大人が、阿鼻叫喚のはずの地獄を、生前の技術をもってして無害に変えてしまい、果ては閻魔大王に現世送りにされる。
子どもっぽい自由な大人が、仏教の教えをチョチョイとひっくり返してしまう。こんなに愉快な地獄の沙汰もあるのなら、地獄行き決定のわたしにも、還るチャンスがあるに違いないと、あの時思ったのだ。
読み聞かせ前の時間が余ったので、子どもたちに地獄があるかないかと、アンケートを取ったりして楽しんだ。
その時も彼女は、寒すぎて指先が白い白いと見せたわたしの手を温めてくれた。
とても温かくて救われたのだが、熱を奪うのが可哀想になり、名残惜しく手を離した。
あたたかくて優しい小さな友人の褐色の手は、お日様のようだった。
素晴らしい手をしている。
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そして先日の給食参観で、ランダムに選ばれた席の真向かいにお互いを見つけて、お互いに驚いた。一番端のこの席では、誰の声も邪魔をしなかった。
献立のハンバーグを食べながら、昨夜、家の先生が上手なハンバーグの食べ方を教えてくれたと、彼女は習ったばかりの箸使いを披露してくれた。
わたしより上手に切り分けられたハンバーグと先生たちの心遣いに、わたしは心から絶賛した。
「それはいい!その箸使いは一生モノの財産だ!」
彼女はハンバーグを味わった後、うちには礼拝堂があるの、と話し始め、こう穏やかに言った。
「わたし、死んだら天国にいくの」
「そうなの?死ななくても天国あるよ」
思わず間髪入れず返答してしまったわたしに、彼女はなお尋ねた。
「地獄は?」
「あるかも。でもさ、地獄の絵本みたいに、ぜんぶ逃げて生き返っちゃえば、いいじゃんね。あの本、わたし子どものとき読んだの」
「子どものときに?」
「そう、地獄に落ちてもこれなら大丈夫だなっておもった。わたしもそうやって生き返ろうって」
彼女は、この人変なこと言ってるな、というか何言ってんの?という目をして、ジッとわたしを見つめたあと、二コリと笑ったように見えた。
そして将来の夢を延々に話し始めたのだった。
それは素晴らしいことに、料理人になりたいという夢だった。イワシ出汁の香る給食の相乗効果で、わたしはかなりグッときてしまった。
「沖縄のお土産を食べたの」
「え!いいなぁ!お土産って行かなくてもその土地の物が食べれていいよねー。何食べたの?」
「周りがギザギザの、こういうカタチ」
「ちんすこうだねーわたしもすき!」
「ねえ、他にも沖縄のお菓子食べたことある?」
その質問があまりにも真剣だったからか、唐突すぎたからか、わたしは、なぜか嘘をついてしまった。
「ないよ。ちんすこうだけ」
「一緒だ!わたしもまだ1つだけだから!」
彼女が本当に余りにも嬉しそうな声で笑うから、口からついて出そうだった紫芋パイやら海ぶどうやらが引っ込んでてくれて本当に良かった、とわたしは胸を撫で下ろした。
それからも日曜にパンケーキが1人だけ上手に焼けたことや、美味しいお菓子の話で盛り上がり、結局ずっとそんな話で60分過ぎていた。
ふと隣向こうのテーブルを見ると、子どもがつまらなさそうに足をぶらつかせ、こちらを見ていた。
すまん、夢中だった。あとで聞くから。
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帰ってきた子どもに、ちんすこうの話は言わないでおいた。その代わりに一緒にオヤツを食べた。
あれはまるでディナーショーのような時間だったとおもった。
彼女の先生、わたし嘘ついて良かったんでしょうかね。
弱りました。何かが自分に起きたのです。
だけどあの笑い声は、いいものでした。あの素晴らしさは、結果オーライです。素っ頓狂な変な大人はそんなズルさで、今日もいい日だと思っています。