双子の花
人から物を貰うのが苦手だ。
ほとんどの場合、途方に暮れてしまうからだ。
およそ2年ぶりに唯一の幼馴染と話した朝。
その連絡を取った衝動の1番は謝りたいというものだった。
6歳から18歳まで同じ学校だった。1年置いて、2年また同じ土地で過ごした。
佳作の佳が名前についてる、なんて言う彼女は、誰にでも好まれる唯一無二の美しいものを作れる佳人だった。
彼女が纏うものは全てが完璧で、
幼いわたしはよく真似ては、鏡の前で首を傾げた。
何かが違う。
その理由は今になってわかる。
彼女には魔法が使えた。
自分が風のようになれるモノを、風のように選べる人だった。
その魔法を見抜けず、彼女の周りに常に惹かれた。
さて、今朝の突然の電話の衝動は、彼女の、「もう共通の話題もないしね〜(笑)」の一言に端を発する。
そんなことない!わたしには話さなきゃならないことがある。と返したと同時に、通話を押していた。
あなたに謝らないといけない。
その2年前、子どもの卒園祝いに彼女はベージュのコサージュを送ってくれた。
彼女らしい色と細工の組み合わせは最高で、彼女そのものだと感動し、そして大きな途方に暮れてしまった。
予定の服には使えず、胸が苦しくなって蓋を閉じた。
そして新しく買ったコサージュでその日を過ごした。
箱の中では結ばれた紐の目さえそのままに、2年の間、目に付く棚に置いていた。
返事も出来ずお礼も言えずお詫びもできず、たまに箱を開いては、困惑と自己嫌悪を抱きながら、彼女らしさを懐かしんだ。
コサージュはトランスポーターだった。
そのコサージュの話をしないといけなかった。
2年ぶりにお礼と謝罪を伝えるも、もう忘れてたと嘯きながら、そのコサージュを選んだ話を聞かせてくれた。
るんばのイメージだったから、と。
わたしはてっきり、あなたの好きなモノを選んでくれたのだと思っていた。
そう驚くわたしに、そんなわけないじゃない、と彼女は困りながら笑ってくれた。
そのコサージュの箱には、わたしの選んだものと彼女の選んでくれた2つがおさまっている。
よく見たら、色は違えど、大きさも細工も花弁のレースも、瓜二つの双子の花のようだと、初めて気がついた。
新しいコサージュがそこには入っていた。
付けられなかった理由と、あれから、どううちでこの子が過ごしているか話しながら、そういう優しさもあるんだねと笑っていた。
人にあげたらいいのに、と言われ、そんなことできないのと困っていたことも話した。
物を持つようになったんだねと言われた。
そうじゃないの。
大切だとわかってる物こそ、人にあげられないし捨てられないから、わたしはモノを持てないだけなの。
彼女には、昔、もらったモノを、お返ししたこともあった。
それだけは、もうどうしていいのかわからず、それしかできなかった理解しがたいこの出来損ないは、そうして自ら溝を掘っては傷付け傷付くだけで、ただもう見なくていい安堵に変えられなくて。
甘えたわたしの愚かさと幼さを笑われ、あぁわたしはあなたを昔から今も好きなままだと安堵した。
あなた、今も魔法が使えるんだ。
話し終えた彼女は、もうおなか空いちゃった、ごはん食べるね、と優しい声で電話を切った。
コサージュの今を写真で送り、わたしは子どものためにホットケーキを作り始めた。
卵焼き器で作ったホットケーキはどれも四角くて、優しくてあまくて美味しい味がした。