いのち短し、夏夜の乙女たち
夏のビーチに オンナの子が1人でいた。
申し訳程度にしかない 面積の小さな水着をくくり
まっさらな肌に 夏の跡を残しにきた。
ここは静岡の とあるビーチ。
駿河湾に囲まれた穏やかな波が
白砂の砂丘に 広く浅く かぶる。
波跡が 何筋もきざまれている。
もう午後3時をまわり
お目当ての こんがりした男たちは
さんざん、波と女の体に騒ぎ疲れ
砂遊びに夢中か 昼寝を貪り
だれも おんなのこに声をかけない。
おそらくブラジルとのハーフか
鼻筋と目元に 太陽の国の刻印がみえる
伸びた肢体は柔らかく
まだなにも知らないようなのに
バージンのもつ 気恥ずかしさは薄い。
彼女は、これからオンナになるのだとおもった。
面積の小さな水着は すこし背伸びをしたのか。
お腹に うっすらと盛られた若い脂が
どことなく 居心地が悪そうにしている。
夏の終わりには 紫外線に傷んで
その水着は捨ててしまうのかもしれない。
来年の夏まで持ち越すために
買ったのではないのだから どうでもいいのだろう。
おんなのこは何度も 敷物の形を直しに 立ち上がり
海を眺める体で
砂浜に狙い目がないか眺めている。
角度を変え 居心地を確認しながら
何十分か経って 荷物を持ち 敷物を取り外した。
場所を移動することにしたようだ。
残念ながらここには
砂遊びに夢中なつもりで 臆病なオトコたちか
妻子を連れ海に 疲れたオトコたちしかいなかった。
あの子はいくつくらいだろうか。
まだ10代のようだし、
もしかすると20代に入って間もないかもしれない。
いずれにせよ、異国のオンナの遺伝子は
その成熟度をこの国の尺度で 測らせてはくれない。
オンナはいつからオンナになるのだろう。
少なくとも面積の少ない水着をまとうことは
彼女のオンナを完全に目覚めさせたとは
言えないようだった。
彼女のオンナはこれから目覚めのときを迎えるのか。
16歳の夜、初めて家から抜け出して
夜遊びの味をおぼえてからというもの
その甘美な背徳感と解放感に
ドボドボに 溺れ狂った。
安い 赤文字の 緑の瓶で薄めた緑茶を
浴びるほど飲み、正体を無くした。
闇の中でなら 両腕をどんなに伸ばしても
誰にもなにも咎められない。
太陽のない世界では テールランプの灯る黒い箱が
いつもわたしを待っていてくれた。
どんなに息が切れ汗をかいても
零れる落ちる雫の後さえ隠し
わたしは初めてオンナという生き物に
生まれ変わった気がしていた。
たしかにオンナが目覚めたのは
あの闇の中の営みだったかもしれない。
ただ今思えば コドモオンナの域 を
過ぎなかったのではないかとおもう。
暗闇に浮かぶ白い肌はコドモの肉をまとっていた。
コドモがオンナを纏って変装すれば
一応はオンナという 生き物に見られる。
若干層のズレはあるものの
ほぼ同世代のオトコからすれば
オンナは全てオンナだったかもしれない。
オンナであることの甘い蜜を吸って吸って
花から花を飛び
乱れ狂い 高笑いすることもあれば
その蜜の代償を払うのも
またオンナの体の業であると知った。
知るまでに そう時間はかからなかった。
蜜と代償の境界線は上潮のように
いつのまにか忍び寄り、底の砂ごとさらっていく。
ひろい海に はしゃぎすぎた わたしは
強引な引潮に足を囚われ 無残に転んで
そして初めてオンナの裏側がどんな世界なのか知り
海の底で目が覚めた。
目が覚めたときには服を着ておらず
周りには影たちが何人も群がっていた。
咄嗟に嘘をつき トイレに駆け込み
内側から鍵をかけて 時間が過ぎるのを待った。
明るくなると影たちは 元の世界へ帰り
わたしは 陽のあたる場所へ戻ったが
それは元の世界とは 全く違う世界だった。
爪からは 赤黒い血が流れたようで
気がついたのは もう治りかけたときだった。
性の遂行とは グラデーションの世界だ。
白から黒に変わる過程の どこにいても
そこに 黒が混じることに変わりはない と知った。
この体の業の深さを知るには 十分な出来事だった。
オンナになったのはいつなのか
オンナが目覚めるのはどこなのか
このグラデーションのどこに標識を立てたらいいか
それはいまでもわからない。
ただ知ったのは
表があれば裏もあるということだった。
このカラダの岩盤には業が深く根付いている。
オンナの海域の下には 陸の谷より深く
底のしれない世界が無限に広がっていた。
岸から離れた場所で 浮き輪を掴めたから
いまこの言葉を書いているのだと思う。
それでどうということはないのだが
その業の深さを知ったことは
わたしには
このカラダからのギフトに思えて仕方がない。
それは自分自身とはなにかを教えた。
自分を守るには 境界線をうまく避け
うまく遊ぶことと ちょっとした機転も使う。
浮き輪で ぷかぷかと浮いているだけでもいい。
10代のコドモオンナの
無謀さと 度胸と エネルギーは
いまは失われてしまった。
あの引潮の足を掴んだ強さ
このカラダの許容範囲
オンナの業
それらをわたしに引き継ぎ
もう二度と聞くことはないだろう潮騒は
カラダに刻まれて生き続ける。
彼女はほどよい相手を見つけられただろうか。
これからオンナの世界を学ぶには
十分な武器と太陽の恵みをまとっていた。
すべてのオンナコドモが旅立つ夏の夜を
何も知ってこなかったオトナが非難したとしても、
その先を見たいモノに、
見にいくことを止める権利など 本来 誰にもない。
そのカラダを使えば
ぞんぶんにオンナを知れる
一世一代の機会でもあると おもわずにいられない。
その世界に穢れなどない。
舌は肥えるほど 未知の味わいを感じていく。
鍛えた舌が武器になることなど、
あとから知ればいい。人に教わらなくとも。
より深い味わいを求めるものは
貪欲に心のままに
夜へ繰り出すことを 止めるチカラに 逆らう。
テープカットを切る覚悟などなくていいとおもう。
覚悟と責任とは
いつだって
奔放な自由さと解放の後に必ずついてくるのだから。