2024年の振り返りと2025年の漢字一文字。
毎年、今年の漢字を決めてたのだけれど、2024年は、決めきれずに、そのままになっていた。ちなみに2023年は、「深」だった。
2024年の振り返り
起こった出来事としては、なんといっても、3月末に東京で乳癌と診断され、4月からモンタナで治療開始。4月手術、5月から抗がん剤と分子標的薬の点滴9回、9月に放射線治療20日間終了。そして、今、分子標的薬の点滴を3週間に一回来年5月まで。
そして、居場所が変わった。
地元では、日々を過ごしていた、モンテッソーリ保育園での仕事からは退いた。その代わり、病院ではほんとに素敵な医師や看護師さんたちとの出会い。
病院裏山を歩くようになった。(なんとこのコースが今日のメルマガで「ボーズマンで最高の眺め」って紹介されてた)↓
ほか、オンラインで静岡在住の漢方の先生とオンライン相談を週に1回したり、モンタナ癌サポートコミュニティのヨガ、筋トレ、料理クラス、各種講座に参加したり、ボーズマンのダルマセンターの定例勉強会に参加するように。
ダルマセンターへの参加は、ひとえに、オンライン「禅と世界を救う」講座ですすめられたから故。このオンライン講座では世界中のいくつかのグループに所属することになって、定期的にズームで会うようになった。
からの、免疫力がまだ標準値に戻らないってのもあり、モンテッソーリ保育園にはまだ戻らないことにして、大学院で1つ授業を取ることにした。「人間発達における現代の課題」
なんとも、繋がりが拡がった年だ。
8月に友達が、10月に妹がモンタナに遊びに来てくれた。そして、母からは妹の提案で新聞の切り抜きをためてもらって定期的に送ってもらっている。ラインでも都度メッセージをやりとりしてる日本の仲間たち。
こちらは、繋がりが深まった年といえよう。
ということで、2024年は、共通する「繋」の年だった、ということにしたい。
2025年の漢字は、「愉」にした
そのこころは、日々を、「愉快に、愉しく暮らしたい」な、と。
なぜそうしたかというと、ブッダの、「幸福への道というのはない。今いる道に幸福がある。」つまり、「幸せというのはどこかにある目的地なのではなく、今いる場所にすでにあるのだからそれを感じなくちゃ」、という言葉が身に染みたから。あと、ティックナットハンの、「修行も楽しまなくては。」という言葉も。
いつか日本の海辺で学童なのか小さな学校を創りたいと思ってるけど、そこまでの道のりもすべて愉しくすすんでいきたいところ。そして、愉しくすすめないなら、またなにか違う方向にすすめばよいかと。
と、10月末は、「視界が悪くて、前がよく見えないので、いったん止まって、どこに行こうか途方に暮れている。」状態で、「自分が今持ってないけど必要そうな物(知識だったりスキルだったり資格だったり)は何か?に、まっさきに視線がまだ、いきがち」で。「”今すでに”手に持ってるカードはなんなのか、自分の中を観察して、探し出してみよう。そうしよう。」
ってな感じだったんだ。
今は、「地元のコミュニティーにどんな人がいて、どんな活動がされているのかを知りたい。そして、なんらかの形で参加したいな」、と。その道をいくつか考えてみた結果、大学院で、教授とか学生とかと関わってみることにしたのだ。
ということで、今のイメージはこんな感じか。視界が晴れて、愉しく進んでいける。目的地は明確に定めなくてOK。