状況が飲み込めず落枝の絨毯に倒れ込んだままぼうっとしていると、耳をつんざくような声が聞こえた。 「リリル!!!」 「ぎゃ」 反射的に飛び上がると、絡みついてくるようだった枝や棘が服からぽろりと落ちた。 バキバキと枯れた枝を踏みつける音が近づいてくる。リリルがその音の方を振り返る前に、場に不釣り合いなショートブーツが目の前に現れた。胸のあたりにじわりと安堵が広がっていくのを感じながら、そのブーツの主を見上げようとしたその矢先、これまた先回りしてリリルの視界に少
リリルはリスが持ち逃げた"種子庫"という大きめの手帳サイズのファイルを取り返すべく、森の中を歩いていた。 「わっ・・・・・・とと! ふぅ・・・」 苔が目立ち白い光に満ちていた先までの森とは違って、ここは忘れ去られた過去の遺物のようだった。地面には枯れ枝が散乱し、その無粋に伸びた枝を一歩一歩またぎながら進むしかない。リリルはすでに何度も躓いて転びそうになった。転んだとしても枯れ枝の上に倒れ込むので地面に膝小僧を打ち付けることはなかったが、代わりに折れてささくれ尖った枝
『リリル リリル』 『リリル 来ル 来タ』 『オシゴトット?』 『オトシゴッコ?』 『近ク 行ク』 『ツツイテミルル』 『ゴアイサツ』 『サツゴァイ・・・』 ここは森の中。人の手を知らない青と獣たち、己のまま恒久にありつづける"新しい森"──。 朝日が木の葉をくぐり抜けて降り注ぐ森の中はほの明るく気が休まる。どこかから聞こえてくる湧き水の流れる音や小動物たちの話し声も合わさって心地が良かった。親元を離れたばかりの若鹿が首を伸ばして下枝につ
小さいが、深い森がある。 というのも、その森の面積は庭つきの一軒家ほどの大きさで、きっとその家は老夫婦が二人、わずかな収入でひっそりと暮らしているのだろうと想像するほどのものだ。 荒野に数えるほどの木が密集して生えている様は、不気味なオアシスだった。 深い森というのは、その名の通り深さのある森。地中に秘密がある。 森へ一旦入ると、古い絨毯とユリのような匂いが鼻腔をくすぐる。間違えて明かり一つついていない暗い洋館へ忍び込んでしまったと錯覚するだろう。しかし、立ち去ろ
一体、なんだ。 辺り一面は、ひと月前から降り続いている雪が積もっていた。砂糖のように純白で、綿菓子のように軽い純白の雪の表面は、常に新雪へ更新される。ところが、どういうことだ。 少女がへたり込んでいるその場所だけは、春にしかまみえない赤土が露出している。そして、その上には、 「わああーーん!あぁーー!」 彼女の瞳からポタポタとこぼれ落ちる火の粉が燦々と降り積もっていた。 遠い昔、もう何十年も前のことだが、死んだ母親が一度だけこの土地に伝わる逸話を話してくれた