2005.03.02-03: 北京(景山公園・帰国)
2005年3月2日 景山公園
今夜のホテルは2004年9月にも利用した宣武区菜園街の北京中環假日酒店(Holiday Inn Central Plaza Beijing)。ホテルに着いたのは午後も4時近くになっていた。今日の車代550元(約7,500円)。
フロントでこれから故宮博物院 (Gugong Bowuyuan) に行くと言うと入場は4時までだだったはずと言われた。とりあえず行ってみることにしてロビーを出る。ドアの前に見覚えのある顔がある。ベルボーイならぬベルレディーというべきか、前に宿泊した時も玄関で出迎えてくれた人だ。
ベルレディーがハンディートーキーで呼んでくれたタクシーに乗る。走りはじめると直ぐに運転手が『故宮の入場は3時30分までなので間に合わない』と言うが、とにかく入口の前まで行ってもらうことにする。以前、ビルさんの案内で故宮を見学した時は南の午門の近くに車を止めてくれたが今日の運転手は北側の神武門で私達を下ろした。何故裏口なのかは後で理由が分るのだがその時は遠回りされたなと思った。
入場券売り場の前には「入場は3時30分まで」と書かれた大きな掲示板が立ててあった。時刻は既に4時30分、残念。
空気が冷たくなってきた。夕方に向けて気温が下がってきているのかもしれない。故宮を囲むお堀の筒子河 (Tongzihe) も凍りついている。
神武門の真向かいにある景山公園 (Jingshan Gongyuan) に行ってみることにする。入場料2元(約30円)。ここも2004年3月に来ている。
前回見学した時は故宮が一望できるという万春亭には登らなかったので行ってみる。閑散とした公園内とはうって変わって万春亭の回廊は観光客で溢れていた。
天安門前までタクシーで移動する。タクシーは天安門前の長安街はに入らず人民大会堂裏に車を止めた。ここから歩いて行けと言っているようだ。人民英雄記念碑を見ながらだだっ広い天安門広場を抜けて長安街に出る。
天安門広場から地下道を抜けて天安門側に渡る。天安門の直ぐ西隣にある中山公園 (Zhongshan Gongyuan) に入ってみる。公園の名前は中国革命の父と言われる「孫文(孫中山)」にちなんだもの。入園料3元(約40円)。
公園内を南北に抜けて北外れの東門から午門 (Wumen) 前に出る。観光客も少なく閑散としている。
午門から天安門までの間の広場では記念撮影用に中国衣装を貸す露店や点呼をとる軍人達に出会った。この軍人は故宮の警備でもしているのだろう。天安門を抜ける前に端門 (Duanmen) があるが上に登れるようだ。故宮に入れなかったのでせめてその周囲は見ておこうと登ってみることにする。登楼料10元(約140円)。
門の上は広いホールになっていて、壁には色々な中国一の人達(例えば中国一大きな新生児など)の大きな写真が掛けてある。ホールの片隅には故宮で使われていた荷車などが展示してある。残念だが展示は雑駁で趣もなにも無く、ただ掛けてあるだけ、置いてあるだけの展示だ。大分日が傾いてきて気温も本格的に下がってきた。そろそろホテルに戻ることにする。
タクシーを拾おうと東長安街に出るが歩道と車道の間に広い自転車専用レーンがあり車を拾うことができない。故宮博物院までのタクシーも、天安門までのタクシーも長安街に入らなかったのは車を止めることができないからだったのだ。バス停の周りならタクシー乗り場があるのではないかと思い歩き始めた。タクシー乗り場の表示は見つからずタクシーを捕まえようとしている人も見当たらない。
天安門西駅を過ぎた辺で警察官を見つけたのででタクシーに乗れる場所は何処なのか聞くと、次の交叉点を右に入れば拾えるという。いわれるままに府右街を右に折れて西長安街を離れてみたがとても空のタクシーが来る様子はない。こんなことを繰り返しながら西長安街をさらに西に向かって歩き続ける。西単駅近くで大きなショッピングセンターの前に出てようやく頻繁にタクシーがやってくる場所にたどり着いた。
周りはタクシーを捕まえようとする人達が無秩序に先を争っている。大きな荷物を持った人やいかにも急いでいる人達が走って来るタクシーに群がり早い者、強引な人から乗車して走り去る。私達もしばらく挑戦してみたが、地元の人にかなうはずもない。
西単駅から一駅だが復興門駅まで地下鉄に乗る。南北に走る復興門北大街ならもっと楽にタクシーを掴まえれらるだろうというわけだ。駅を出てみると復興門北大街は北京市内で最も大きな環状幹線道路だった。掘り割りを走る大型の東京首都高速道路と思えばいいか。そんな車が滔々と流れる大河のような道路でタクシーを拾うなど論外だった。
結局、タクシーに乗れたのは南礼士路駅の前だった。天安門前から歩き始めてから1時間30分以上経っていた。さすがにくたびれた。任科君と約束した時間はとうに過ぎている。ホテルのロビーに入ると任科くんが笑顔で近づいてきた。早速松田さんを紹介する。あいにく李翼さんは来られなかったという。三人で夕食に出かけた先はホテルの真ん前にある餃子レストラン「精肉水餃子常家」。任科くんが4種類の餃子を頼む。それぞれが大皿一杯に盛られて出てきた。一皿でも三人には十分な量だ。他に青菜炒めと酢辛湯、魚の料理を頼む。それから北京ビールも。占めて91元(約1,200円)。食べきれなかった餃子は李翼さんへのお土産になった。朝食はしばらく餃子が続きますと任科くんが笑う。
名残りは尽きないが再会を約束して10時頃任科くんと別れホテルに戻る。明日の朝も早い。6時30分に慕田峪長城まで連れて行ってくれた謝さんが迎えに来るのだ。荷物をまとめて早々に横になる。
2005年3月3日 帰国
朝食は6時から。開いたばかりのダイニングは私と松田さんと早出のウエイトレスだけ。照明も落とされたままで薄暗かったので明るくしてもらう。チェックアウトをすませて迎えに来てくれた謝さんの車に乗る。途中で見たことがあるホテルに立ち寄った。一昨日まで宿泊していた北京新世界万怡酒店だ。中からここには蓮泊できなかったはずのビルさんが荷物を持って出てきた。狐に摘まれた感じだが面倒なので何も聞かないことにする。北京国際空港に7時半過ぎに到着。
既に出国審査カウンターの前は手続きを待つ人で埋まっている。
審査を終えチェックのすんだ荷物を受け取って登乗ゲート向けて歩き始めると、ハンディ・トーキーをガーガー言わせて空港係員が走りよってきた。胸ポケットに入れておいたチケットを勝手に確認して、走るようにとせっつく。連れは何処にいると何度も聞かれるが、こちらも直ぐ後から来ていると繰り返すばかり。なんと出発5分前だ。08:30 北京首都国際空港発 NH956便 → 12:40 成田国際空港着。そんなこんなでも搭乗してシートに座ってしまえばお皆同じ、お疲れさまでした。
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