2007.03.05: 盤錦(天津へ、熱中症)
2007年3月5日 天津へ、熱中症
昨日の荒れた雪空が嘘のような青空が窓を覆う。外では雪かきをしているのだろう、スコップのカリカリいう音が建物の間に響く。人民日報によれば、この雪は中国東北地方を襲った百年ぶりの大雪だったそうだ。窓の外にはあちらこちらに雪に埋もれた車が見える。
北京まで行く交通手段が決らないまま取りあえず簡単に荷造り。八時過ぎる頃から、北京まで戻るための交通機関の情報を伝えてくる旅行代理店からの電話がひっきりなしに鳴る。高速道路は相変わらず閉鎖されたままで北京までのリムジンバスも運行していないようだ。鉄道もダイヤ通り動いていない上、チケットも売り切れている。昨日までの疲れが出たのか軽い下痢を起こし体がだるい。
朝食を摂るように勧められるが下痢をしたときにはとにかくお腹を空っぽにすることと食べずにいたら、お母さんがキノコと豚骨でスープを作ってくれた。塩味が口に丁度良くて少しいただいた。
とにかく盤錦駅まで行こうと列車の切符がないまま荷物を引きずって外に出る。
お母さんが一緒に来てくれた。家から駅までおよそ五キロメートル。雪の中、旅行鞄を引きずって駅まで歩くのかと思うと気が重い。近所の人達の手によってが所々除雪されているがとてもスタスタ歩ける状況ではない。
やっとの思いでテリトリーの門まで辿り着いた。門の外にタクシーが五、六台いるが値段交渉を繰り返しても駅まで行ってくれるタクシーが見つからない。やっと一台が普段の三倍の料金でOKしてくれた。大通りを走っている車でチェーンを着けている車は一台もない。もちろんスノータイヤなど装着しいない。昨日と同じタイヤで走っているのだ。大型トレーラーが行く手で立ち往生している。迂回路があるはずもなくトレーラーが動くのを待つのみ。トレーラーの運転手はタイヤの下の雪をスコップで掘り出したり街路樹の枯れ枝を集めてタイヤの下に敷いたり、やっと動き出したと思ったらその後に延々車の列。とぎれるまで待ってようやく進む。
オレンジ色のベストを着た市の職員やボランティア達が除雪作業をしており、一部では路面が現れている。
駅についてタクシーを降りると未体験の寒気が背中を覆う。腰から下が勝手にふるえてくる。ジーンズの上にオアーバーズボンをはいているのに全く効果がない。駅構内に入れば少しはましかと思ったが風がないのがましなくらいで寒さは大して変わらない。
周囲の大きな窓は二重窓でその下にはスチーム暖房が設置されているのだが暖房の効果はほとんど無い。
旅行鞄を開けてネル地のシャツと毛のチョッキ、さらにレザージャケットを引っ張り出して着込む。それでも暖かくなったといえる状態ではなかった。外気はマイナス二十度。
北京行きの切符は既に売り切れという情報のようだが念のため于くんが長い行列に並ぶ。そのうちに于くんのお父さんも見送りに来てくれた。そのお父さんも于くんと一緒にチケット売り場に並ぶ。こちらは何もできないのでベンチに座ったり立ったり、窓際の殆ど暖かさを感じないスチーム暖房の前に寄りかかったり。周くんが見送りに来た。よく車で来られたナと思ったら家から一時間以上かかって歩いてきたという。こういう熱さは言葉では言い現せないものが伝わってくる。
午後四時半過ぎになって一時間以上列に並んでいた于くんとお父さんがチケットを手に戻ってきた。売り切れといわれていたキップがあったようだ。午後六時盤錦発北京行きの火車、日本で言う普通列車のキップだ。六時半を過ぎても列車は始発駅を出ていないという。七時四十五分に上海行きの列車が来るというアナウンスがあり急遽列車を変更、上海行きの列車で天津まで行くことにし改札口に殺到する一団に加わる。ホームに出るまでが無秩序。ホームは凍り付いて空気が痛い。于くんのお父さんもホームまでついてきてくれた。お母さんがトイレに行っている間にホームに来てしまったのでお礼もお別れもできないまま。
入ってきた列車の乗車口の辺りは黒山の人。私たちが並んだ乗車口は開かれず、あわてて荷物を持って数少ない乗車口目指して雪のプラットホームを走る。乗車口の前は列車を降りようとする人、降りる人を無視して乗り込もうとする人、乗車券をチェックしようと乗降客を押しとどめる駅員。三つどもえの強いもの勝ちの小世界。この列車に乗らないと明日の飛行機に乗れないという思いで、この時ばかりはマナー無視。乗車券を見せろと喚く駅員の制止を振り切り、下車しようとする人を無視し、重い鞄を片手で引きずり上げ、前の人を引きずり降ろしてでも乗り込むという力まかせの乗車になってしまった。乗車するにはプラットホームからステップを三四段上らなければならないので大きな荷物を持っている乗客はどうしても不利だ。荷物を盾にステップに足をかける。空いている片方の手で手摺りをつかみ文字通り力任せに身体を引き上げる。さらに大きな荷物を持った于くんはもっと苦労していた。馬さんは乗れたのか? 私のお陰で乗り損なってしまった名も知らぬ中国の友人達よ許せ。ゆっくり動き出した車内でホッとしながら後ろを振り向こうとするが身体を動かせない。ラッシュアワーの通勤電車と同じ状況で大きなスーツケースを降ろす隙間もない。馬さんが于くんの呼び声に応えるのを聞いて安心が一つ。それにしてもこんな足下も不確かで揺れる車内で旅行鞄を頭上に掲げたまま天津まで行けるのか? 列車が動き出してから、乗務員の情報で一番空いている最後尾の車輌までまたしても強引な移動を敢行。身体一つなら何とかなるのだが旅行鞄を通す隙間がないので頭の上まで持ち上げる。よろけて荷物が落ちそうになると何処からともなく手が伸びてきて鞄を支えてくれる。体が進むと共に頭上の鞄も周囲の人たちの手で順送りされて進む。ようやく四輛ほど車輌を移動して最後尾にたどり着いた。そこには大きな旅行鞄をを床に降ろすスペースもあった。ほっとして一息ついていると、よほど惨めな顔をした年寄りに見えたのだろう、目の前で座っていた青年が黙って立ち上がり席を譲ってれた。多謝、多謝!
落ち着いてから前の席に座っている人達に話しかけると目の前の女性が流暢な英語で返事をしてくれた。これから上海に職探しにい行くところで、右側はボーイフレンドだと紹介してくれたのだが彼とは話が通じなかった。彼女は日本に強い興味があって日本語を勉強したともあると、ボーイフレンドよりもよほど元気に話しかけてくる。左側の女性は地方出身と一目で分かる一人旅。こちらの問いかけにはにかみながらわずかに首を振って返事をするのみ。席を譲ってくれた青年はいつの間にかいなくなってしまった。切符を持たずに乗車したのか、切符でも買いに行ったのだろう。私たちも乗車する列車を土壇場で変えたために乗車券無し、乗車口脇に立つ駅員が切符の提示を要求する大声と制止を振り払って強引に乗り込んで来たのだった。もちろん乗車後直ぐに列車乗務員を捕まえて乗車券を購入している。
盤錦駅構内で着込んで暖かい車内に入って席を譲られてヤレヤレと言うところで気分が悪くなってきた。今度は身体がやけに熱く息苦しい。通路の向こうから食堂車に席が三つあるよ、一人30元(約450円)だよといいながら白い調理服を着た人がやってきた。我が一行で座っているのは私だけ。馬さんが食堂車に移ろうよと于くんの顔を窺う。あの混雑した中をまた荷物を持って移動するのをためらう様子の于くん、そのうちにこちらの意識が遠のいてしまった。
頬を叩かれて気がつくと見知らぬ青年が顔を近づけて何か聞いてくる。私の左手首で脈を診ている。于くんが側で吐き気はないか、持病はないか、具合の悪いところはないかと通訳している。額から一気に汗が噴き出してきた。盤錦駅で着込んだものを全て脱いだ。馬さんが小さなタオルを濡らして額に乗せてくれる。于くんはパンフレットか雑誌のようなもので風を送ってくれる。少しずつ気分が良くなってきた。脈をとってくれた青年は医者だと名乗り、熱中症のようだが気分はどうかと何度も容態を心配してくれた。今朝はお腹の具合が良くなかったのでスープを少し口にしただけだったが、それも影響したているのか。周囲の人達も心配そうな顔でこちらを見ている。列車の乗務員が何度も様子を見にやってくる。青年医師は水をたくさん飲むようにと注意してくれた。用意してあったペットボトルの水を飲む。三十分くらい経過したのだろうか、ようやく元気になり青年医師に礼を言い周囲の心配そうな顔をしている人達に『謝謝大家!』
ウトウトしていると車内の照明が薄暗く落とされた。賑やかにしゃべっていた隣の席も静かになった。揺れる頭でさらにウトウトする。
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