6.2帯域拡張、6.3 心理音響手法

この記事はAESによって2020年に公表されたイベント騒音と音響暴露についての文献(Technical Document),"Understanding and Managing Sound Exposure and Noise Pollution at Outdoor Events"についての和訳やこの文献を輪読する勉強会で得た知見などをまとめたものです。

Overviewなど各章の構成と概説については初回の記事をご覧ください。
前回の記事はこちら


6.2 Bandwidth extension

大規模な屋外イベントで起きる騒音を抑制するための一風変わった方法として、超低周波数音(いわゆるインフラサウンド)が再生可能なサブウーファをサウンドシステムに組み込むというトレンドがあります[43, 106, 109]。
ここでの疑問は、超低周波数音再生で帯域幅を下方向に拡げることによって、知覚する音圧感が増大するかというものです。
これが事実であれば、サブウーファシステム全体をより小さなレベルで動作させながら、観客のリスニング体験(強い振動体感的要素)を維持、場合によっては向上させることができます。
これによって、より低出力でサブウーファシステムを動作させられるので、指定された音圧レベルの制限内に収めるというFOHエンジニアへのプレッシャーが軽減できます。

この仮説はThe Prodigyの2017年ツアーのヨーロッパ公演中に、バンドのFOHエンジニアであるJon Burton(本レポートの寄稿者)によって、現場でのリスニングテストが行われました。
その結果は[106, 109]で報告されており、ここで要約します。

リスニングテストはL-AcousticsのV-Doscシステム[94]とd&b audiotechnikのサブウーファシステム(B2サブウーファ[334]とJ-Infraサブウーファ[345])を使用し、いずれも10,000人以上収容可能なアリーナの3箇所で実施されました。
システムの写真を図6.8に示しています。

図6.8 メインラインアレイ(A)、一般的な帯域幅のサブウーファー(B)、 超低周波数帯域のサブウーファー(C)を含むリスニングテストに使用したサウンドシステム[109]。

一般的なサブ帯域再生を受け持つサブウーファは90 Hzでローパス処理され、 超低周波数帯域再生を受け持つサブウーファは54 Hzでローパス処理され、35 Hzが6 dBブーストされています。
また、サブウーファアレイは観客席の水平方向に一貫したカバレージパターンが得られるように、d&bのArrayCalcソフトウェア[314]を使用して最適化されています。
全てのサブウーファはグラウンドスタックで構成されています。
図6.9に3つの独立したシステムに対する振幅応答を示しています。

図6.9 メインラインアレイ(青)、一般的なサブ帯域用のサブウーファー(オレンジ)、超低周波帯域用のサブウーファー(黄色)の振幅応答[109]。

リスニングテストは2段階にわたって行なわれました。
両段階とも参加者は3曲のテストトラックのうち1曲(ポピュラー音楽)を再生し、自分が満足できる音量になるまでサブウーファシステムのレベルを調整するように指示されました。
参加者には音圧レベル(10EaZy [310]を使ったトラッキング)の測定値は表示されませんでした。

テストの第一段階では、一般的なサブ帯域のサブウーファのみを再生し、第二段階ではすべてのサブウーファー(一般的なサブ帯域と超低周波数帯域)を再生しました。
そして好みのリスニングレベルをこの二つのテスト間で比較しています。テストに使用した音楽ジャンル別の結果を図6.10に示しています。

図6.10 [109]における帯域幅を拡張したサブウーファーシステムのリスニング結果

図6.10のデータは、標準的なサブ帯域幅のシステムと超低周波数帯域まで拡張したシステムでの好ましい再生レベルの差を示しています。
正の値の場合、超低周波数帯域まで拡張したシステム(インフラサブウーファを使用した場合)が標準的な帯域幅までのシステムよりも低いレベルで再生されたことを示しています。

実際には、超低周波数再生に対応するシステムにはあまりインフラ音(超低周波音)は含まれておらず、20 Hz付近の周波数成分が増えただけでした。
これは現代の大規模サブウーファでも再生されにくい帯域です。
ただし、このような低周波数は、現場外へと伝搬する際の吸音率が非常に低く、会場外の構造物を振動させる危険性があります。
この方法で超低周波数コンテンツを再生すると、会場外への騒音公害が発生する可能性があります。

この結果は非常にばらつきが大きく、この分野でさらなる研究が必要であることを示しています。
これらの調査結果は、大規模な屋外イベントで会場内の音響暴露や会場外の騒音公害を抑えるために、帯域幅の拡張を検討することが現実的な方法であることを示しています。
そして現場のエンジニアに積極的に検討されることを期待しています。

6.3 Psychoacoustically‐based suppression

音圧レベル監視ソフトウェアのプロバイダーであるEvent Acoustics社(MeTraoのメーカー)は、低周波数騒音対策のための新たなソリューションとしてBassCreator [347]を提供しています。
BassCreatorはMaxxBass(現Wavesプラグイン) [348]と機能的に似ており、仮想的な低音再生を利用して低周波数のエネルギーを増加させることなく低周波数の知覚される音量をブーストします。
これは小さな部屋のルームモード補正[349]に焦点をあてた別の研究でも使用されたアプローチです。

仮想的な低音合成はよく知られている [349]のでここでは取り扱いません。
この効果は質の高い視聴体験を維持すると同時に騒音公害を抑制できます。
地域の騒音規制を遵守するために特定の低周波数帯域を減衰させる必要がある場合、問題となる周波数帯域成分を減衰させつつそれを仮想的な低音成分に置き換えることで、主観的に類似したリスニング体験をもたらします。
ただしこの効果を使いすぎるとライブサウンドの重要な要素である迫力に欠ける合成音になる可能性があります [349]。

いいなと思ったら応援しよう!