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残り3日:衆愚

朝から気分が悪い。

昨夜は寝ると決意してからも、

頭の中で小蝿が、無造作に飛び回り

眠りにつくことができなかった。

原因は「SNSへの依存」だとわかっていても、

なかなか抜け出すことができない。

ズーダラ節に「わかっちゃいるけどやめられねぇ」という歌詞があるが、

これは、中毒に陥っている状態である。

SNSは「繋がり」を目的としているのだろうが、

果たしてその目的は達成されているのだろうか…

どんなサービスでも使い方しだいで、

毒にも薬にもなるので、

SNSが悪者だというつもりはさらさらない。

この現状、つまり「気分の悪さ」は、

自分がもたらしたものに他ならない。

その事実から、余計に自己嫌悪に陥る。

…あぁ、気分が悪い。


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きつね色に焦げたトーストに、

バターを塗ってかじりつく。

パンクズが落ちるので、

食事は流し台ですませるのが日課だ。

無意識にテレビをつけると、

ニュースキャスターが深刻な顔で、

「お笑い芸人の自殺」について報道している。

かと思えば、品のあるにこやかな表情に変わり、

「芸能人の交際」についての報道に切り替わる。

ニュースキャスターは、並大抵のメンタルではないなと、つくづく感心する。

親指と人差し指をこすり、

指についたパンクズを流しに落とす。

バターの芳醇な余韻とともに、

乳脂肪の脂っぽさを感じつつ、

スーツに着替えて職場に向かう。


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職場では「お笑い芸人の自殺」について盛り上がっていた。

あの芸人面白かったのにな。とか

裏で悪いことしてたのかな。とか

女問題かもしれないな。とか

テレビの世界で生きる人間は、

死んでもテレビで働かされるのか。

恐ろしい…

そして、視聴者はハイエナのように

情報に群がる。

気味が悪い。

そして俺も、そのうちのひとり

人の不幸は最高の肉。

一口かじると無我夢中でむさぼる。

不確かな情報が多いこの世の中で

「死」という確実な情報は、

魅力的に見えるのだろう。

ただし、誰にでも死は訪れる。

自分が死んだ時のことを想像している人は、

はたして何人いるのだろうか。


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不動産会社が取り扱う物件の中には「事故物件」がある。

事故物件とは「自然死や不慮の事故死以外の死」や「特殊清掃が必要になる死」が発生した物件のことだ。

これには告知義務があり、基本的には3年以内に発生した物件については「この物件、訳ありですよ」と知らせなければならない。

裏を返せば、3年さえ経過すれば、こちらからあえて告知する必要はないのだ。

さらに、法律では明確な基準を設けていないため

うまく掻い潜っている会社もあるみたいだ。

俺の会社については…ご想像にお任せしよう。

誰もが自分の利益を最優先に考える。

家賃なんて安ければ安い方がいい。

ただし、その考えが「良からぬ結果」を招くかも知れないとだけは伝えておきたい。

人間の大半は、他人より自分なんだから。


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支店長の笹原さんは、穏やかな性格で、パワハラやセクハラとは無縁な人物だ。

部下がいくらやらかしても、

「まぁ、次は気をつけよう」

と慰めてくれる。

こないだなんか、社員の言葉遣いが悪いことに腹を立てたお客様が、今にも脳出血を起こすんじゃないかと心配になる程、顔を真っ赤にして怒鳴り散らかして「2度と来るか!」と言って出て行った。

こちら側に落ち度があったにも関わらず、

「まぁ、運が悪かったね」

と、部下の肩を叩く始末。

ハラスメントを過度に意識した今の社会が生み出した「注意できない上司」の典型例なのかも知れない。

度を超えたハラスメント意識は、

社会のバランスを壊しかねない。

そもそもハラスメントとは「嫌がらせ」と言う意味であって、指導や注意とは区別しなければならない。

そこを履き違えている人があまりにも多いのだ。


「まじムカつくっすわ、あの客」

…ぶつぶつ言ってくる部下に対して、

「…まぁ、そんな時もあるよ」

と俺は答える。

結局、俺も笹山さんと同じなんだよな。


ーーーーーENDーーーーー


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