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韓国の書店ではいま何が起きているのか?ソウルの独立系書店をたずねて──書店(など)制作記・番外編
昨今、日本でも「書店振興」が重要な社会課題として認識されるようになりつつあり、行政や大手メディア企業による議論や提言が少しずつなされるようになってきている(その個別の是非についてはクリティカルな検証が当然必要ではあるが)。またボトムアップでも、だいたいここ10〜20年ほどで、主に個人経営で、店主のこだわりやキュレーションが効いた選書がなされる「独立系書店」と呼ばれる新しいタイプのまちの本屋が興隆している。
そんな中で、日本のすぐ隣にありながら、政府による支援、そして日本に先駆けてユニークな独立系書店が誕生している、いわば“独立系書店先進国”とでも呼びうる国がある。韓国だ。
あらかじめことわっておくが、もちろんこれは僕自身のユニークな視点などではまったくない。約10年前からいち早くそうした韓国の動きをキャッチして丁寧な取材のうえでまとめた本や、近年は政策的背景も含めた調査や取材、韓書の邦訳などがいくつも出ている。したがって、韓国の書店文化について体系的に知りたいという人は、ぜひこうした先達の仕事をチェックしてほしい。僕自身、大いに勉強させていただいている。
ただ、今回が僕が書いたレポートにもし少しでも独自性があるとしたら、それは数ヶ月に独立系書店を開業する予定があり、わりと具体的なインスピレーションやアイデアを得るために訪れた立場から書かれたレポートだ、ということ。
僕自身、韓国の書店文化についてはなんとなく気にはなっていたが、特に詳しく調べたり訪れたりする機会はなかった。ただ、下記の「書店(など)制作記」にも詳しく記載しているように、この度僕自身が書店を開業することになって、書店運営の参考にするためにもぜひ自分の目で見てきてみたいと、思い切ってソウルの書店リサーチに出かけることにしたのだ。この記事はその内容を簡単にまとめたもので、「書店(など)制作記」の番外編でもある。というわけで、サクッとまとめるつもりが結局1万字超となってしまったが、さっそくレポートに入っていきたい。
2025年夏、横浜・白楽にて書店(など)を開業予定です。書店(+ちょっと飲食)であり、イベントスペースであり、コワーキングスペースであり、自分の編集事務所でもあるような、小さな複合文化施設。その「制作」の道のりを、できる限り具体的に記していきます。跡地を引き継がせていただく「ブックカフェはるや」に深い感謝。2025年春にクラウドファンディング実施予定。
よろしければマガジンもフォローいただけたら嬉しいです。
▶書店(など)制作記──横浜・白楽にて
2/21朝、横浜から高速バスで成田に向かう。前日は夜遅くまでかなり重めのトークセッションの司会仕事がありほぼ終電帰りで、寝不足気味かつ疲労もそれなりにたまっていたはずだけれど、旅のアドレナリンで不思議と心身は軽やかだった。
ちなみに僕はふだんまったく海外に行かず、外国語もカタコト/大学入試レベルの英語がなんとなくできるくらいで、特に近年はAIに頼り切りで英語をそのまま読む機会すらほぼなくなっていた、超絶ドメスティックな人間。テキストを中心とした編集者なので、基本的に日本語圏以外ではほとんど仕事もできないような、「グローバル人材」とはかなり程遠いタイプだ。
今回も、パスポートをあらためて取得するところからのスタート。韓国に行くのも初めてだった。1ヶ月ちょっと前に急遽決まった渡韓だったので、大急ぎでDuolingoに頼りつつ韓国語の勉強を始めてみたものの、結局はハングルすらほとんど読めない状態。韓国出身の知人からは「韓国の人は、日本の人と同じくらい中途半端な英語力だから、カタコトの英語で十分コミュニケーション取れるよ」と聞いていて、なおかつ韓国でよく使われているというNaverの翻訳アプリ「Padago」もインストールしたものの、不安はぬぐえなかった。
そんなこんなで、飛行機で太平洋を超えてアジア大陸に足を踏み入れることに素朴に感動したりしつつ、成田から約2時間ちょっとで、あっさりと仁川空港に到着。最近よく使う新横浜→京都間の東海道新幹線と同じくらいの体感。飛行機から降りると、シャトルトレインに乗らなければいけない仕組みに戸惑いつつも、なんとか入国を果たし、両替や交通用カードの購入などをすませ、一面に広がるまったく読めないハングルのシャワーに痛気持ちよさを感じながらなんとか電車に乗り、ソウルの中心部へ。
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既に18時頃になっていて移動による疲労もたまっていたが、旅先のアドレナリンから衝動的に、宿をとっていた明洞に着く前、事前リサーチによると独立系書店がたくさん集っているらしい、ソウルの下北沢のような街「弘大(ホンデ)」で途中下車する。
①「SPRING FLARE」──日常とトッポギ屋
まずは一つ書店を訪れてみようと、事前リサーチでピックアップしておいた書店の中でも、駅からそう遠くなく、なおかつ「日常を芸術に変える」というコンセプトが、僕がここ数年ずっと関心を寄せてきた「民藝」にも近いバイブスを感じた「SPRING FLARE」というお店へ。
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ホンデの雑踏の中で少しだけ外れた通りに静かに佇む、お店の空気感も棚の作り方も「ザ・独立系書店」というべき佇まい。選書はアート系が中心で、人文やデザインなど僕の関心にフィットする書籍も多かった。店主さんはこのお店の雰囲気を体現したかのような穏やかで親切な方で、「日常を芸術に変える」というコンセプトについて丁寧に説明してくれて、ついでにおすすめのトッポギ屋さんまで教えていただく。穏やかでとても気持ちのいい時間を過ごせたので、記念に一冊買って帰りたいと思い、「このお店のコンセプトを体現しているような本を教えて下さい」と面倒な問いかけをすると、真摯に検討してくださり、おすすめしてくださったイ・ヒョナ『Flesh of Summer』を買って、店を後にした。
ちなみに今回訪れた書店では、基本的にまずなんとなくファースト・インプレッションで棚や店の雰囲気を黙って見て回ったのち、店主さんの手が空いていそうなタイミングを見計らって話しかけ、お店のコンセプトや棚の説明をしてもらった。コミュニケーション手段は、まずはカタコト英語。それでも意外にコミュニケーションは取れたが、ただ途中でより話が込み入ってくると、たいていどちらかが翻訳アプリを開いてコミュニケーションしていた。韓国語がまったくできなくても、このアプローチでちょっとした取材くらいのコミュニケーションは十分に取ることができた。
②STILL BOOKS──ビル一棟と読書ジム
おすすめしてくださったトッポギ屋に行きたかったものの、わりと疲労も限界に来ていて、一刻も早くスーツケースを手放したかったので、ひとまず明洞(正確には会賢駅)のホテルに行きチェックイン。身軽になった状態で、空腹だったのでひとまず近場でなんとなく佇まいの良かった焼肉屋に入り、韓国ビール「CASS」とサムギョプサル。今日はもうこれでホテルで寝るかなと思っていたところ、翌日現地で合流して半日ほど一緒に過ごす予定だった知人カップルから「めっちゃおいしいチキンを食べているのだけれど、食べきれないからヘルプしにきてほしい」と連絡が入り、急遽想定外のデザートをいただきに「KyoChonチキン」へ。結果、ソジュ(焼酎)をビールで割るという韓国名物の「ソーマク」を飲んでほろ酔いの状態で、極寒のソウルの街で深夜まで歩くという楽しい時間を過ごす。
翌朝は1件だけホテルでオンラインMTGをすませたのち、ホテルの近くにあったカルグクス(うどんのような麺類)の横丁で朝食、そしてチェーンの珈琲店で日本ではあまり見ない大きなサイズのアメリカンコーヒーを飲みながら少し作業したうえで、まずはほぼ開店と同時に近くの「STILL BOOKS」へ。
コワーキングスペースなどクリエイターのための空間を手がけるLocal Stitch社が運営。ビルを(おそらく)一棟まるまる使い、1-3階が書店、その他はコワーキングスペースやオフィスが入っているのが特徴だ。運営会社の特徴を反映してか、選書も都市論やクリエイティブ系が多かったが、「Life」「Refresh」など概念ごとに棚をつくっていたのが印象的。
さらに「10分読書」という、会員が本を置いて毎日10分だけ立ち寄り、集中して本を読んでいく、読書ジム的な取り組みも特徴的だった。「働いていても本が読める」ようにするための工夫、のようなものだろうか。
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③IRASUN──静寂と借景
昨晩遅くまで一緒に飲んでいた知人カップルと昼頃合流し、まず安国(アングク)エリアへ。京都や奈良にも似た雰囲気の、山に囲まれ、洗練された落ち着いたこのエリアで、主に写真集・アートブックを取り扱う「IRASUN」へ。
近くの憲法裁判所ではデモが行われていたが、その喧騒の傍ら、安国の落ち着いた雰囲気を体現しているかのような空間。周囲の歴史を感じさせる建物からの借景も素敵だ。写真集だからか、英語や日本語の本も多かった。
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④onulbooks──大作家と行列
そして安国でポッサム定食をいただき、「深夜食堂」のロケ地でオダギリジョーが歩いていた道にミーハーにテンションが上がったりしつつ、知人たちと分かれ、再び一人行動。ソチョン(西村)にある、文学と人文、アート、絵本の書店「onulbooks」へ。
この店は、ノーベル賞作家のハン・ガンが運営していることで有名で、いまはハン・ガンはお店にはタッチしていないとのことだが、平日にもかかわらず入場制限の列ができるくらい人気だった。選書は意外にも(?)哲学書なども多く、また店の中に公衆電話ボックスが置かれていたのが印象的だった。
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⑤The Book Society──秘密基地と余熱
続いて、ほど近いチャハムンロにある「The Book Society」。地下にお店があり、発見するのに少し難儀した。
ここがこれまでの洗練されたお店とは少し違う、でもとてもツボに入ったお店だった。聞くと、メディアバスという名でインディペンデントな出版活動を行いつつ、このお店も営んでいるとのこと。版元が書店も営むというかたち、日本にもあるがソウルではいっそう普及している印象。
まるで事務所をそのまま開放しているかのような(もちろん良い意味での)乱雑さの中に、この中で文化が生み出されてきたと伝わってくる余熱に満ちていた。地下にあることも相まって、秘密基地のような趣がある。こういう、「何かが生まれているような熱量」を感じ取れる雑多さは、自分の店でも取り入れていきたい。
アートやデザイン関連の本が多く、国内外のZINEやリトルプレスも多くあった。「書店文化をリサーチしているなら」と、彼らの版元が日本を含む各国のインディペンデント出版・書店を取材してまわってまとめたという本をすすめてもらい、購入(これは英語もあり、なんとか読めそうで安心)。
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⑥YOUR MIND──カジュアルと自由
熱量あふれるThe Book Societyで勇気と元気をたっぷり受け取ったのち、今日もまたホンデへ移動。線路跡地を「本」をテーマに公園化した「京義線ブックストリート」を通過。「本」がテーマにこういうカジュアルなスペースがつくられるところにも、韓国における本の位置づけが象徴されているのかもしれない。
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さて、ホンデではまず、ソウルの独立系書店の中でも著名な「YOUR MIND」へ。ここも場所が少しわかりづらく迷ったが、ホンデの中でも特に洗練された、下北沢というよりは代官山に近い雰囲気のエリアで、大きな屋敷のような門をくぐると、いくつか小洒落たショップが入ったビルの2階にあった。
ここも「The Book Society」同様、版元が運営。雑貨やカジュアルなアートブックも多めで、若者たちがデートや友達とのショッピングついでに集っているような印象。とても賑わっていた。とりわけスマホよりも小さい、超小型本や栞サイズの本がたくさん展示・販売されており、判型に対する発想の自由さ・豊かさに唸らされる。
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⑦THANKS BOOKS──カルチャースポットと松重豊
そして既に夜に近づいていたが、ホンデの暗闇の中にある洒落た、でも一人で作業や読書をしている人がたくさん集うカフェで少し休憩がてら作業をしたのち、YOUR MIND同様に有名な「THANKS BOOKS」へ。韓国の独立系書店ブームの火付け役の一つらしい。
飲み屋街の只中、しかも金曜日の夜にもかかわらず、多くの若者で溢れかえっていた。選書は人文、芸術、フェミニズム、デザイン、エッセイなど。韓国で『孤独のグルメ』を通じて大人気だという松重豊さんのエッセイも押し出されていたので、ついつい購入。とにかく本屋が若者の集う場所となっていることを体感した。
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⑧wit n cynical──螺旋階段とお土産
気づけばもう21時近くなっていたので、2日目はTHANKS BOOKSで終了。せっかくなので、ホンデのレコードバーをいくつか回ってみる。大のフィッシュマンズ好きが立ち上げたということで有名だという「空中キャンプ」にも寄ってみたけれど、棚には小沢健二『LIFE』が並び、アルバイトしていた学生さんは是枝裕和と村上春樹が好きとのことで、不思議な心持ちに。
さて翌朝は、ホテル近くのわりと地元の人がメインターゲットっぽい定食屋で参鶏湯をいただき、近くのいけてるオーガニックドーナツとコーヒーの店で一服したのち、恵化門エリアまで少し足を伸ばし、これまた有名な詩集専門書店「wit n cynical」へ。
半世紀続く街の本屋さんの2階にあり、かつ曜日によってはwit n cynicalの店主さんが1階の本屋も手伝っているという不思議な形態。店内撮影NGだったので、後に載せる記事の写真などをぜひ見てほしいのだけれど、印象的な螺旋階段をのぼると、1階よりもいっそう静けさの深まった時間が流れる空間に。こういう明らかに時空間の質感が変わる印象は、外階段をのぼった2階にある自分のお店でも何かしら出せるといいなとも思う。
奥にはイベントスペースも。韓国の詩集を中心に、少し人文書なども。谷川俊太郎、茨木のり子などを見つける。詩集専門、かつ撮影NGということもあり少しビビっていたのだけれど、自身も詩人でもある店主のユ・ヒギョンさんがとても穏やかで良い人で、懇切丁寧にお店の説明をしてくれ、なんと最後にはお土産として著名写真家さんの写真の載ったノートブックを2冊プレゼントしてくれた。
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⑨UHJJUHDAH BOOKSHOP──偶然と想像
そして今日もホンデに戻る。
事前リサーチでは見つけていなかったのだけれど、SPRING FLAREの店主さん、そして先程訪れたwit n cynicalのヒギョンさんと、複数の店主がレコメンドしてくれて気になっていた「UHJJUHDAH BOOKSHOP」へ。
ここも昨日のYOUR MINDに近い、ホンデの中でもかなり洗練されたエリア。入口がここもかなりわかりづらく、一度はやっていないかと思いきや、なんとか奥に入っていくとしっかり営業していた。
建築家の方が運営されていて、近くに同じ運営元のギャラリーもあるとのこと。モノトーン基調で、お香も焚かれているかなり洗練された空間だったが、ここも若者たちで賑い、犬を連れたご夫婦もおり和やかな雰囲気。人文書や芸術書が多めで、入口の特集ゾーン(月イチで変わるという)、入口から少し小さな通路を抜けた先にあるメインエリアでまず目に入るシグネチャード棚、そして一番奥にある一般的な棚と、決して広くはないエリア内に複数の役割の領域が併存していた。特集ゾーン、シグネチャード・ゾーンの本は一冊一冊に丁寧な推薦文あ書かれており、一般的な棚にもちょこちょこ推薦文が添えられている本が見つから、丁寧な選書ぶりが伝わってくる。僕も自分の店で月替りの特集ゾーンを作りたいと思っていたのと、エリアごとにさまざまな役割を持たせたいと思っていたので、大いに参考になった。
翻訳アプリを介してその推薦文を読んでいると、お店のコンセプトだともいう「偶然と想像」というフレーズがたびたび出てくる。濱口竜介の著書も置かれていたため、もしやと思ってショップディレクターの方に聞いてみると、もともと映画館で働いていて、濱口竜介の大ファンとのこと。『ドライブ・マイ・カー』のときは広島までトークを聞きに行ったほどだとか。一番好きな濱口作品が『偶然と想像』という点が一致し、ひとしきり盛り上がった。
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⑩Bookshop Lisbon──徹底と鎌倉
UHJJUHDAH BOOKSHOPのショップディレクターの方におすすめしてもらった、近隣にあるフレグランスショップでお土産にお香(「OKO」とは呼ばないらしいが)を購入しつつ、次の店へ。ホンデの中でも特に気の良いエリアで、次はこの近くのゲストハウスにでも泊まりたいと思った。
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さて、次に訪れたのは「Bookshop Lisbon」。とても洗練された世界観の外観と内装、外にはビーチ風のパラソルや、ここにも公衆電話も。少し外れたエリアにもかかわらず、お店の中は若者たちでごった返していた。見たところ、ここもデートや友達とのショッピングでカジュアルに訪れている人が多そうな印象。
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一見、たんにセンスの良い書店かと思いきや、店主の方に話を聞いてみると、これまたかなりぶっ飛んでいる書店だった。ある意味で、「選書」を徹底的に突き詰めたかたちを実現しているとも言える。
「本を読みたいと思っている若者は多いけれど、どんな本を読んだらいいのかわからないという人も少なくない」。そんな認識のもと、とにかくあの手この手で趣向をこらしたキュレーションを行っていたのだ。
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既存の本屋の選書方法にとらわれない、柔軟な選書。パワフルな店主の方の勢いに圧倒される。
それから、素朴な疑問として「なぜ『Lisbon』という店名なんですか?」と聞くと、なんと是枝裕和『海街Diary』の影響があるのだとか。この映画で描かれる海街・鎌倉が大好きで、そんな雰囲気を伝えるお店にしたかったとのこと。一方で、小説『リスボンへの夜行列車』も好きで、鎌倉と同じ海街であるリスボンを店名に冠したのだとか。「鎌倉はfavorite cityの一つ」と言っていた。
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⑪Booktique──習慣とハイボール
そんなこんなで、かなり濃密な3軒の訪問を終えると、すでに夕暮れどきに。ひとまずこれまたUHJJUHDAH BOOKSHOPのショップディレクターの方におすすめしてもらったコーヒーショップ「MiDoPa 美都波」が近くにあったので、アイスコーヒーとハニークッキーでエネルギー補給。ちなみにソウルの人は冬でもアイスコーヒーをよく飲む。最高気温=日本の最低気温くらいの極寒なのに信じられないと当初は思っていたが、旅の後半では僕もすっかりかぶれてアイスコーヒーを頼むようになっていた。寒いからこそ、暖房の効いた部屋でのアイスコーヒーが気持ちいい。
そうこうしているうちにすっかり日も暮れていたが、最後に力を振り絞り、読書会に力を入れているということで気になっていた「Booktique」へ。ホンデの漢江寄りの、中心部から離れたエリア。かなり静かな、住宅街のようなエリアの一角、看板を頼りに、ひっそりとしたビルの2階にのぼると到着。
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ここは本も売っているものの書店というより、読書会を行うコミュニティスペース、カフェバーとしての側面が強く、店内にも本は少なめ。リビングのような雰囲気で、奥にはBookClub(読書会)用の小部屋も。僕より少し後にきたカップルは、奥のソファで肩を寄せ合いながら本を読んでいた。
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ここの店主さんもとても気の良いお兄さんという雰囲気で、せっかくなのでハイボール──と言っても、日本のようにウィスキーのソーダ割りではなく、ジンジャエール割──をいただきながら、このお店に懸ける思いや苦労、本を起点としたコミュニティ運営のコツ、日韓の書店・出版業界に関する情報交換まで、すっかり話し込んでしまった。「difficult」「busy」を連発する腰の低さの一方で、読書の「Habbit」(習慣)と「Enjoy」をつくりたいという熱い思いもほとばしる。国では読書会文化がかなり活発で、専用のオンラインプラットフォームもあるそうなのだけれど、そうしたプラットフォームは経営者やビジネスパーソン向けの高額のものも多く、だからこそ数十人規模の顔の見えるコミュニティを大切に育ててきたのだという。
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“カルチャーアイテム”としての本、フォーマットに拘束されない「自由」
こうしてあっという間にリサーチはタイムアップ。翌日は朝イチで空港に向かって帰るだけの日だったので、このBooktiqueをもって今回のリサーチは終了。近くの大衆食堂で、韓国ビールにトッポギと韓国風おにぎり、天ぷらなどで簡単に夕食を済まし、韓国流の乗り方にもすっかり慣れたバスでホテルに帰り就寝。翌朝はすぐに仁川空港へ向かい、帰宅した。
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もちろん、ソウルだけでもまだまだ独立系書店はたくさんあり、とてもじゃないけれど今回だけでは回りきれてはいない。特に、SFや「旅」、「猫」などユニークな専門書店は気になっていたものの行けず、また独立系書店ではない大手書店や街の本屋さんいも行けなかったので、また訪れる口実としたい。
そんな限られた訪問の中でも、全体を通して大きく感じたことは2点ある。
まずひとつは、「本」という存在の位置づけ。日本よりも、「本」がよりカジュアルなカルチャーアイテムのように捉えられているような印象を受け、「本屋に行く」が若者たちのデートや遊びでの当たり前の選択肢になっているように感じた。それゆえ書店という空間も、ひとつのカルチャースポットとして、熱量を帯びる場所になっていた印象を受けた。写真を撮りそびれたのだが、本のパッキングなども各店趣向を凝らしており、一種のお洒落アイテムのような扱いだった。これは別の言い方をすれば、一部の“本好き”以外にも本がひらかれている、とも取れるだろう。もしかしたら人によっては「そんなのファッションにすぎない」と批判するかもしれないが、ファッションでも表面的でも、とにかく興味を持つ人の間口を増やすことはいまの書店・出版業界にとっては至上命題なのではないかと、僕は思う。
そしてもう一つは、書店の経営や空間・棚づくりの、フォーマットにとらわれない「自由」さだ。空間づくりの会社、建築家、版元など、いわゆる書店業界のプレイヤーではない人が書店を経営するケースが多く、棚の作り方や選書の方法も店によってかなり異なっている。つまり、あまり既存の書店文化のフォーマットにとらわれていないように思えた。これは書店業界の”外“から、しかも専業ではない形で「書店(など)」という形態で書店を開こうとしている自分にとって、大きな学びがあり、勇気づけられた。既存の業界の蓄積にリスペクトを払いつつ、僕もあまりフォーマットにとらわれず経営や運営をしていきたい。
そんなこんなで、ソウルの書店リサーチの報告はこんなところで。サクッとまとめるつもりが、気づけば1万字近くなってしまった。繰り返すが、これはまったく新しい話ではないし、あくまでも僕が正味2日間ほどで見てきたものにすぎない。ただ、実際に現地に行き、お客さんの表情や話し声に触れ、店主からじかに話を伺ったからこそ感じ取れた示唆も、ベタにあったように思える。ソウルもまた行きたいし、あと同じくアジア圏で書店文化が豊かだと言われている台湾の書店文化も見に行きたいし、もちろんアジア圏以外も見てみたい。今後の人生の楽しみが増えた。
そして、カタコト英語と翻訳アプリでしどろもどろな自分をあたたかく受け入れてくださった店主のみなさま、本当にありがとうございました。今度書店を開業する自分への応援の言葉もたくさんいただき、ありがたくも気が引き締まります。今度は自分のお店のショップカードを持って、また遊びにいかせてください。