【短編小説】あと一歩
もう嫌だ。
もう疲れた。
もう知らない。
『もう』ってつくその言葉達を、何度心の中で叫んできただろう。
校舎の屋上に、申し訳程度に設置された低い柵。それはもう越えたけれど、あともう一歩踏み出せたなら、楽になるのかな。
「千歳!」
あー、またきた。煩わしい奴が。
「なに?入江くん」
「頼むからこっちへきてくれ…!馬鹿な真似するな!!」
へぇ。その『馬鹿な真似』に縋るしか選択肢がなかった人間を前に、よくもまぁそんなこと平気で言えるよね。
「これからは、俺がお前を見てるから!」
あ、なるほど。幼馴染の義務ってやつかな。お守りして欲しい訳じゃないんだけれど。
「お前が生きる意味は、結局お前が見つけるしかないんだよ…!」
それが見つからなかったから、今こういうことになっているんだよね。分からない?
彼…入江くんは、私に向けて差し伸べるように手を伸ばしている。
「辛くても痛くても、生きてかなきゃいけないんだ!あんな奴らに負けるな、千歳!!」
そうか。入江くんはずっと、私の置かれた状況を知っていたんだね。
でもそれだったら、何故今まで助けてくれなかったの?どうしてそうやって、手を差し伸べてくれなかったの?
結局お前も、醜い偽善の塊じゃないか。
「解放されたいの。邪魔しないで」
そう吐き捨てて、私は足場のない目の前の空間に一歩踏み出す。体は瞬く間に逆さまになり、頭からコンクリートに向かっていった。
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