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【短編小説】例えば、守る為に吐く嘘のような

「それって美味しいの?」
放課後になり、生徒が私しかいない教室で小袋に詰められたグミをつまんでいると、先生はそう訊いてきた。

「美味しくなきゃ食べないですよ」
「相変わらず可愛くない回答だな…」

可愛くなくて結構です。と返して先生から顔を逸らすと、先生は私の手許からひょいとグミの小袋を取り上げ、それの成分表をまじまじと見た。

「なんですか…」
「あー、残念!ローカロリーのこんにゃく入りかぁ!」
「先生はハイカロリーのものが好きなんですか…そういうキャラでしたっけ?」
「いやぁ違う違う!」
先生は私の言葉にひとしきり笑うと、サラッと言い放った。

「ほら俺、来月から抗がん剤飲むからさ。それに備えて今から駄目なものは断食してんの」

わずかに空けられていたらしい窓から、この時期には似つかわしくない程の爽やかなそよ風が入ってくる。
ほんの少しの間の後、先生は堪えきれないといった様子で噴き出した。

「急にしんみりすんなって。お前には予め言ってあっただろ?」
「そうですけど…いよいよ来月からなんだなと思ったら、何か」
そこまで喋ると、先生は私の両頬を自身の両手で挟む。

「はい変な顔ー」
「はにふるんへふか」

「俺なんかより、他にいい人はごろごろいるんだぜ?今度は付き合っても問題ない奴を見つけろよな
そんで俺が戻ってきた時、式に招待してくれよ」

先生がこういうことを言うのは、決まって泣きそうな私を励ます目的しかないのは知っていた。
自分が本当に生還出来るかどうかなんて、二の次なのだろう。

どこまでも純粋で子供っぽく、大人になる為の片道切符を失くした誰かに譲って、大人になりきれなかったような人。


そんな貴方だから、私は好きになったんだ。

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