造血幹細胞移植って結局何なのか②-子どもの血球貪食症候群-
前回の記事(造血幹細胞移植って結局何なのか① -子どもの血球貪食症候群-)の続き。今回は、ドナー適合や完全適合者がいないときの治療法などについて。
ドナー適合/HLAについて
HLAとは?
ヒト白血球抗原(Human Leukocyte Antigen)。白血球の型とよばれる。
血液型とは一切関係ない。
HLAの構成は、A / B / C / DR の4種類(座)。
ヒトは、この4種類を両親から1セットずつ遺伝されるため、4座×2セットの合計8つの抗原を持つ。
このHLAの型が合うことが、造血幹細胞を提供するドナーの条件となる。
HLAの型が合うとは?
A / B / C / DR には、それぞれ数十のタイプがある。
そのため、単純に「数十分の一×数十分の一×数十分の一×数十分の一」の確率で適合者が見つかる。
遺伝のつながりがない他人との適合は、相当に奇跡的な確率。だから、少しでも検索の母体数を上げるためにも、骨髄バンクのドナーを増やす必要があるとのこと。
HLAと遺伝子
上述した通り、HLAの抗原は、父親から1セット(4抗原)、母親から1セット(4抗原)を遺伝される。そのため、両親は確実に4つ適合している。が、逆に言うと、残りの4つは奇跡的に両親の型に共通の抗原があるといったことがない限りは適合しない(担当医は3%と言っていた。それでも他人に比べれば圧倒的に高いが)。
一方で、兄弟姉妹の場合は、ひとりの親からセット①/セット②のいずれかを遺伝され、もうひとりの親からセット❶/セット❷のいずれかを遺伝されるため、適合確率は1/4。担当医がまず兄弟姉妹から打診するのは、これが理由となる。
HLAとお金の話
造血幹細胞移植自体は医療保険適用だが、HLAの検査は医療保険適用外のため、費用は10割負担となる。検査は検査に過ぎず医療行為ではないのだから、こればかりは仕方がない。そもそも検査自体も病院が行うわけではないから、医療保険にしたくても構造上できないのではないだろうか。
ただし、検査を受けた中でドナーになる人が現れて移植が行われると、そのドナーと患者の検査分は保険適用に切り替わり、返金されるらしい。
完全適合者がいないときの次の一手
造血幹細胞移植は、「HLAが完全適合する肉親からの提供」が最も長期生存率が高いらしい。裏を返すと、この条件が当てはまらないとき=完全適合者がいないときの移植の成功率をどれだけ高めることができるか、ということが技術向上・研究の基本コンセプトとなっていると推察される。
親からの移植を行う場合
遺伝上の親は無条件で4抗原が適応するが、逆に言えば4抗原は異なる可能性が高い。しかし、それ以上の適合者が見つからない場合や緊急度が高い場合などは、4抗原しか適合していなくても親からの移植をすることになる。
また、一回目の移植後に再発した際に、あえて4抗原適合の親の造血幹細胞を移植することで、病原菌への攻撃を促す場合もある(後述「ハプロ移植(HLA半合致移植)とは」)。
適合率が低い場合のリスク:GVHD
最大のリスクは、GVHD(graft versus host disease:移植片対宿主病)とよばれる合併症。
ドナーの造血幹細胞の中にあるリンパ球が、患者の体にある細胞を“異物”と認識して攻撃してしまうこと。
皮膚や消化器官、肝臓にダメージを与えると深刻化する恐れがある。
ドナーのリンパ球の存在は、メリットもある:GVL効果
GVHDを引き起こす一方で、ドナー由来のリンパ球は、患者の中に残っているガン細胞などの病原菌も“異物”と認識して攻撃してくれる。リンパ球からしたらどちらも自らが異物と認識した対象を排除するという仕事をこなしている構図だが、こちらはGVL効果(graft versus leukemia effect)とよばれている。
ハプロ移植(HLA半合致移植)とは
一度目の移植後に再発したなど、より緊急性の高い事態となったときに選択肢となる治療法。あえて半分しか適合していない遺伝上の親の造血幹細胞を移植することで、前述のGVL効果を強く引き起こし、病原菌への攻撃力を高める。
ハプロ移植のメリット
ひとつは前述のとおりGVL効果を引き起こすこと。もうひとつは、条件が4抗原のみの適合となるので、ドナー適合の確率が飛躍的に高まること。少なくとも遺伝上の両親は自動的に適合者になるため、どちらかがドナーになれる健康状態であれば「適合者なしで時間だけが過ぎていく」という事態は避けられる。
ハプロ移植のリスク
もちろんGVL効果を強く引き起こすということは、そのコインの裏表となっているGVHDのリスクも上昇する。
そのため、どうやってGVL効果を維持しつつGVHDを抑えるか、ということについて、世界中で様々な方法が模索されている。
GVHDを抑える例
欧米では、シクロフォスファミドという薬剤を大量に投与することで、GVHDを引き起こすリンパ球のみを狙い撃ちして除去することができると考えられているらしい。日本でもこの方法で、数多くの臨床研究が行われているとのこと。
中国・韓国では、ATG(抗ヒトT細胞グロブリン)という抗体を投与する方法がある。
また日本では、このATGを低容量投与しつつステロイドと組み合わせる「兵庫医大方式」というものが考案されている。
この造血幹細胞移植、ハプロ移植、GVHD、GLV効果などは、割と頻繁に論文が発表されているようで、今後も現状の治療法の改善や見直し、新しい治療法の考案などが進んでいくと思われる。
有名ゆえの説明の難しさ
血球貪食症候群は、そもそも病気自体の認知度が低く、発症者自体も少なく、同じ病名でも個人差がかなりある。そのため人に説明したところで、受け手側もうまくイメージをしにくいことが多い。
一方で、造血幹細胞移植は“白血病の治療法”という印象が強く、また白血病自体が有名人の逝去やフィクションなどの印象もあるため、血球貪食症候群の話をしているときよりも明らかに受け手の表情が暗くなる。
別にこっちは同情してほしいわけでも何かをしてほしいわけでも、ましてや普通に生きていることの罪悪感を持ってほしいわけでもなく、むしろどこへ向かっているのか分からなかった状態から道筋が見えてきた感すらあるのだが、受け手からするとより深刻な方向へと進んでいるように聞こえる人も少なくないらしい。
当たり前だが、自分が発した言葉を相手がどのように受け止めるのかをコントロールすることはできないな、とつくづく感じる。