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なおひとつも採用されていません(御糸さち)

一通りの自己紹介が済んだところで、2巡目のテーマは「雨の言葉」です。


水たまりとシトロン。このnoteのタイトルを決めるとき、3名それぞれが好きな言葉を好きなだけ挙げていくところから始めた。


意味・語感・文脈等、好きな理由は問わずバンバン出していきましょう!ということで、私は「おもち」「キャロット」「ココア」といった食べ物に関する言葉や、「メンデルスゾーン」「ハイソサエティ」などのちょっと長めの横文字、「シャトーブリアン」といった食べ物に管するちょっと長めの横文字などを次々に挙げていった。


そして、その中のひとつにあったのが「にわか雨」。
意味がどうだとか、気象的にこうだとか、そういうことはあまり気にせず語感のかわいさだけで選んだものだ。


にわかあめ。
濁音もなく、破裂音も少なく、Aの母音が続く。もしこの言葉にさわれるのなら、きっととてもやわらかいだろう。口に含めば少しもったりとして、それでいてとろんと溶ける。角のない乳のような香りが口の中にやさしく広がり、その甘さに子供たちは目を細めるのだ。にわかあめはママの味…。


実際には、にわか雨はそのように甘い味はしないし、ママの味のする飴は結構かたい。


ところで話は変わるけれど、新規ファンや初心者のことを「にわか」と言うことがある。まあ基本的には蔑称なのだろう。


私が短歌に出会って10年が経つものの、短歌論に詳しくなったり修辞を使いこなせるようになったりしたわけでもなく、特にこれといった目標もなく、かといって飽きたり壁に突き当たったりするようなこともなく、出会った頃とそれほど変わらないテンションで短歌に関わり続けている。


「にわか」だな、と思う。


苦手なことならいくらでもある。
例えば連作。新人賞に応募するような、30首だの50首だのといった大量の歌を並べる連作が苦手だ。昨年末、未来年間賞の受賞第一作として20首の連作をつくることになったが、どうにも歌が足りず、全く納得がいかないまま掲載してもらうことになった。後日、未来掲載作を冊子としてまとめた際にはその内の半分をボツにした程だ。(冒頭の画像がその冊子である)


それから恋愛の歌。これは本当に心の底からまるでつくれない。子供の頃から思春期を経て現在にいたるまで、恋愛漫画ではなくギャグ漫画ばかりを読んでいた影響もあるのだろうか。そうではなくて、そもそも恋愛漫画に興味がないからギャグ漫画ばかり読んでいたのだろうか。いや漫画の話はどうでも良くて短歌ね、短歌、うん、つくれない。


つくれないけれども、特にそれらを壁とは思っていない。
賞には応募しないし、まあ今回20首の依頼が来て苦しんだりはしたけれども今後はないだろうし、恋愛の歌に至ってはそれがピンポイントで必要となる状況が思い付かない。


要するに、私にとって壁となり得るものを気軽に避け、自分が楽しいと感じる範囲のことだけに取り組んでいるから、同じテンションで続けていられるのだ。まさに「にわか」と揶揄されても仕方のない態度だろう。


だが、にわかとは、一時的にその状態であるさまを表す語でもある。このままのテンションであっても、ずっと続けて行くことが出来れば、最終的には「にわか」ではなくなるのではないか。


…まあそもそも、それを判断したりされたりするような関係性を良いものとは思わないし、自称としてはずっと「にわか」でも構わないのだけれども…音の響きが好きなことは先に述べた通りだし。
中々かわいくないですか、にわか。


にわか雨でそんななんなよ泣くんなら他にもなんかあんだろ政治とか


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