![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/141296924/rectangle_large_type_2_242c36784a3fc8c6f48ffc8db75cdc0c.png?width=1200)
ポップコーンの楽しい残り香
ベランダに洗濯物を干してリビングに戻ると、昼間作ったポップコーンの香りがふわっとした。
思わず口元が緩む。
私はポップコーンが好きだ。
学生時代も、お金がないのにテーマパークではポップコーンを必ず買っていた。
映画館に行ったときも、大きなバケツタイプを少ない小遣いでたまに買っていた。
もちろん、スーパーで買える市販のポップコーンも好きだ。私がとりわけ好きなのは、あの青と白のしましま模様のマイクポップコーン。
今でもおやつのスタメンである。
ただ、残念なことに、市販のポップコーンには出来立ての香ばしい香りがない。それについて不満に思ったことはないが、やっぱり香るほうが嬉しい。
そんな私は今日、久しぶりにフライパンでポップコーンを作った。
ポップコーン自体は、先日家族がプレゼントしてくれたもので、その量は1kgである。
私はその大きなポップコーンを取り出した途端、一人で楽しくなってきてしまった。
私はポップコーンの袋を両手で抱えて振ってみた。
シャカシャカと鳴るがずっしりもしている。
まるで小豆でできた枕を振っているような、そんな錯覚を覚える嬉しい重みである。
弾けていないポップコーンを一気に1kgも見たのは今回が人生初かもしれない。この量だと、本当に見ているだけでも楽しい気持ちになれる。
ポップコーンの袋には、1人前25gと書いてあった。しかし、実際に量って手持ちの小ぶりなフライパンに入れてみると、小さいフライパンを使っているの にも関わらず、ポップコーンがとても少ないように感じた。
そこで私は欲張って、倍の50gをフライパンに入れた。
私は一人、キッチンで少し悪い顔をしながら、2人前のポップコーンを作っている。あたかも1人前のような素振りでね。ふふ、なんて楽しいんだ。
私は適当にサラダ油を入れ、量もよくわからないまま適当に塩を振ってフライパンに蓋をした。
これで後はポップコーンの袋の説明の通り、中火でぐらぐら揺すりながら弾けるのを待つだけである。
説明によると、たった2〜3分で私は出来立てのポップコーンにありつけるらしい。
私はカップラーメンを待つ3分間が好きだが、ポップコーンが弾けるのを待つ3分間も、同じくらい愛おしく感じた。
しばらくフライパンを揺すりながらぼーっとしていると、ついにフライパンから「ポン!」と軽快な音がした。
ああ、福音だ。
フライパンポップコーンのファーストペンギン誕生である。
そこからは破竹の勢いだった。
破裂しているのはとうもろこしだけども。
ポンポンポコポコ軽快にフライパンが鳴る。
私はシャンパンを開ける音より、ポップコーンが弾ける音のほうが好きかもしれない。
私が欲張って2人前のポップコーンを作っているせいで、小さいフライパンはすぐにポップコーンでいっぱいになった。
その勢いは、ポップコーンに圧されてフライパンの蓋が取れそうなほどであった。
ひしめき合うポップコーンたちを見つめながら私は、流石にやっちゃったかな? と思った。
私の動揺とは裏腹に、フライパンはすぐに静かになった。
どうやら、みんな弾けきったらしい。
安心した私は火を止めて、フライパンの蓋をゆっくりと外す。
ぶわあっと水蒸気が舞い上がった。
少し遅れて、あの香ばしいポップコーンの香りがキッチン中に広がった。
その香りをかいだ途端、私の中に眠っていた、テーマパークでの楽しかった気持ち、映画館での楽しかった気持ちが解凍されて溢れ出した。
どうやら私にとって、ポップコーンの香りがする所は、楽しかった思い出しかないようだ。
私は嬉しくてくすぐったくなった。
香ばしい出来立ての香りを楽しみながら、私はポップコーンを家にある一番大きいどんぶりに移した。
てんこ盛りになってしまったが、2人前に後悔はない。
それを書斎に持っていって、つまみながら先日買ったゲームをのんびり進めた。
いい香りのポップコーンを口に運ぶたび、充実感に包まれる。重たいPlayStation5のコントローラーも、心なしか軽く感じた。
そのうち家族がやってきた。
家族にポップコーンどんぶりを差し出すと、「作ったんだね」と言ってポリポリ食べ始めた。
とても穏やかな午後である。
そして話は冒頭に戻る。
ゲームに夢中になりすぎた私は、洗濯機がだいぶ前に止まっていたことを急に思い出した。
あわあわ言いながら、完食したポップコーンどんぶりを流し台に置き、急いで洗濯物をカゴに詰めた。
ベランダに出て、十数分後。
衣替えの余波で出た、大量の洗濯物をやっと干し終わった私がリビングに戻ると、出来立てのポップコーンの残り香がふわっと包んでくれた。
優しくて楽しい香りだった。
私は嬉しくなって小躍りしながら、洗濯物のカゴを定位置にしまった。
その足で、自室で映画を見ていた家族の元に行き、小躍りを披露した。
私は小躍りに続けて、「ねえ、30秒だけ聞いて! キッチンからポップコーンの香りがまだするんだよ! 楽しいね!」と言った。
家族は、映画を一時停止して、小躍りする私の方を見てくれた。
そして、「うん、よかったね」と優しく微笑んでくれたのだった。