24時間の“永遠” 【#リライト金曜トワイライト】
枕元のスマホを見ると、まだ夜中の3時だった。
あなたからのLINEは「着替えたから今から出るよ。気を付けてきてね」で終わっていて、新着はない。
寝てるかも・・・なんて気を遣わずに、「空港に着いた」でも「おなか空いた」でも送ってくれたらいいのに。
予想どおり眠っていたけれど、あなたの見ている景色、心のなか、私は覗いてみたい。
明日の朝にはあなたに逢える。
私にもらえる時間は、たった24時間。
でも、遠足が楽しみで眠れないこどもみたいに、そわそわしてしまう。
あなたがチェンライに出かけてからの、この2週間。
どれほど待ち焦がれたことだろう。
カーテンのすき間から洩れるオレンジの灯が、天井で点滅している。
かすかに聞こえる除雪車の音。
天井の淡いオレンジに、ひらひらと影が混じる。
今夜も雪が舞っている。
あの夜のように。
❅ ❅ ❅
ニセコのゲレンデで、ぶつかったお詫びに・・・と、約束したすすきのの夜。
雪のちらつくほろ酔いのネオンの街で、私たちは始まった。
言葉を交わせば交わすほど、肌を重ねれば重ねるほど、あなたに焦がれていく。
あの日、初めてスノーボードにチャレンジしてみた自分を、無謀にもアンヌプリの頂上まで板を担いで登って滑ろうとした自分を、今は褒めてあげたい。
履いているのがスキーだったら、第4ペアの下で板を履いてるボーダーの背中に突っ込むなんて、あり得ないことだったから。
母が突然旅立ったのは、季節がひと回りした冬のはじめのことだった。
青白い地下室から、残業中のあなたに電話をかける。
何からどう伝えたらいいのか、わからない。
スマホを持つ手がふるえる。
「母が死んだの。どうしよう。私・・・ひとりになっちゃった・・・」
その冬、あなたは足しげく札幌に通ってくれた。
ひとりには広すぎる2LDKのちいさなベッドが、ふたりの居場所となるまで、そう時間はかからなかった。
ワインを片手に口づける。
熱を帯びた手のひらが私の首すじをつかまえて、私は髪をほどきながらグラスを置いた。
オレンジの灯がゆるやかに点滅する天井の下で、シーツの波間を揺られ漂う。
雪は音もなく降り積もってゆく。
このまま雪が降り続いて、飛行機が飛ばなければいい。
そう思った。
明日の納骨も、行けなくなればいい。
雪の繭に閉じ込めて、あなたをひとり占めできたなら、どんなに幸せなことだろう。
2月に入れば、あなたは行ってしまう。
パスポートと4週間分の大きなスーツケースを携えて。
あの小さな壺に入った母を送り出して、あなたも行ってしまったら、この部屋は・・・。
ふと目を覚ますと、カーテンの隙間からまっすぐに白い光の道が伸びている。
あなたを起こさないように、目だけでそっと見上げる。
あなたの長いまつ毛が頬に影を落として、まつ毛の先に留まる光に見とれてしまう。
いつの間に眠ってしまったんだろう。
胸から直接響く低い声を思い出して、尖ったのどぼとけに触れたくなる。
「ねぇ、これも除雪車?」
暗闇に響く耳慣れない音に驚くあなたに、私は言った。
「うーん・・・除雪車には違いないけど、路面電車用なの。ササラ電車って聞いたことある? これが来たってことは、もうすぐ朝だよ。少し眠る?」
寝息を立てるあなたに、すき間なく身体をくっつけてみる。
ふたりに温められた空気が頬をなで、甘い残り香が朝の光に溶けて消える。
あと2日。
あなたのいない朝を迎えるのが切なくて、回した腕に力をこめる。
寄り添ってくれたぶんだけ、甘やかされたぶんだけ、怖くなる。
こうやって、隣で眠ってくれるだけでいい。
ただ、そばに居てくれるだけでいいのに。
❅ ❅ ❅
ひとりで眠るベッドは広すぎて、思わずシーツの左側を撫でてしまう。
冷えたつま先を重ね合わせ、ひとり、あなたを想う夜更け。
スマホがブン・・・とふるえるたび、飛びついては落胆してしまう。
タイの乾いた大地を走りながら、あなたは私を思い出すことがあるのだろうか・・・と、ふと不安になる。
不在に目を向けないように、あえて粛々と日々を生きようとしてみる。
目を覚まし、湯を沸かし、掃除して、花瓶の水を取り替えて。
あの日、凍てついたお墓の花立てに供えられなかった紅い花を、あなたが選び、手にしていたというだけで、いとおしく思うなんてどうかしている。
あなたの手の温もりを知っている、紅い花。
連絡が来たのは木曜日の深夜だった。
「金曜のトレーニング終わったら、帰るから。日曜の晩までに戻るからトンボ返りだけど」
たったそれだけの連絡だけれど、身体中の血が泡立ち急にめぐり出したような気がした。
逢いたい。早く逢いたい!
スマホに指を添えたまま、キッチンをうろうろ歩き回る。
あなたも同じ気持ちだったんだ・・・そう知っただけで涙がせりあがってくる。
はやる気持ちは溢れかえって、言葉にならない。
「空港にむかえにいくね・・・」
ようやくしぼり出したのは、業務連絡のようなひとことだったけれど。
画面に浮かぶ白い吹き出しの文字を、何度も何度も読む。
あと2日。
明日帰ってきたら、シーツにアイロンをかけよう。
そうだ。
バレンタインも近いから、あなた好みの深い香りのチョコレートも。
❅ ❅ ❅
「着替えたから今から出るよ。気を付けてきてね」と連絡が来たのは、21時を回った頃。
準備は整った。
チョコレートもワインも日本酒もコーヒーもパリパリのシーツも。
窓辺の花がロールスクリーンに影を落とす。
どきどきして眠れないかもしれないけれど、少しでも眠らないと。
私にもらえる時間は、たった24時間。
きっとほんの”一瞬”だろうけれど、”永遠”であればいいのに。
今夜もひらひらと雪が舞っている。
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【あとがき】
前回に引き続き、池松潤さんの企画 #リライト金曜トワイライトへの参加作品です。
本作品は、潤さんの書かれた男性目線のこの作品を、女性目線で創作したものですので、潤さんの物語と合わせてお読みいただけたら幸いです。
(勝手に『冷静と情熱のあいだ』の気分になって書きました)
実は、初めに書き始めたのは、今回の作品でした。
この物語をリライト対象に選んだのは、私自身が若い頃に慣れ親しんだ雪山が、恋の始まりだったからです。
原作を読んで、雪降る街での恋物語に憧れを抱いたからかもしれません。
潤さんの原作は男性目線でしたので、女性目線で同じ物語を書いてみようと書き始めました。
でも、仕事の合間に2日間取り組んで、揺らぎました。
これって、リライトじゃなくて二次創作なのでは?
そう思って途中で書くのをやめ、前回の作品に取り組み直しました。
でも、朝から続々と発表されるみなさんの、圧倒的な作品たちをむさぼり読むうちに、書きかけでフォルダにしまわれたままのこの作品を書きあげて、彼との24時間の逢瀬を待ち焦がれる“私”の恋心を成就させてあげたくなりました。
今回のリライトのポイントは、以下の2点です。
➀女性目線での物語を形づくること。
➁送り出す淋しさと不安、帰ってくると知ってからの高揚感を、“私”の行動で描くこと。
みなさんの作品を読みながら自分の筆力のなさを痛いほど感じましたし、前回の作品の反省点も山ほど浮かんできました。
今回の作品も、後から読み返すときっとそう思うのでしょう。
でも、公開してしまおうと思います。
私のなかにいる“私”を世に出すために。
最後に、素晴らしく楽しく勉強になる機会をくださった池松潤さん、美しいイラストを提供してくださった猫野サラさん、ありがとうございました!
他のみなさんの作品は、潤さんがこちらにまとめてくださっています。
さまざまな角度から描かれた美しい作品の数々を、ぜひ読み比べてみてください。
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【あとがきのあとがき】
まだ続くのかよ!って怒らないで、ちょっとだけ。
noteを始めた頃から私の書くものを読んでくださっているしめじさんから、前回の作品に「いつものうたさんと違うタッチのお話だな」との感想を頂きました。
普段から読んでくださっているみなさん、今回はいかがでしょう?
(もちろん、今回は原作のある小説なので、雰囲気は確実に違うこととおもいますが)
そして、しめじさんのこちらの企画も進行中です。
シュウとユキの高校時代から大人になるまでの物語を、リレー形式で創作する企画です。
現在、7-9章の執筆者を募集中です。私も参加予定です。
興味のある方は、是非!
ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!