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あけちゃんへの手紙
あけちゃん。
あなたが旅立って、もう7日目になるんだね。
ホントはね、今日は、あけちゃんが出てくる書きかけのお話を、編集して予約投稿するはずだったんだ。
一週間前に書きはじめて、お昼休みに少しずつ書き足したり直したりしながら、綴ったお話。
あけちゃんと野球部のお母さんたちが、とっておきの思い出を私にプレゼントしてくれた、最後の練習試合の日のことを。
書き始めたその日に、あけちゃんが天に召されていたなんて、思いもよらなかったよ。
ノーテンキな私は何も知らずに、嬉しさをもう一度じっくり噛みしめながら、言葉を紡いでた。
それなのに。
それなのに。
こうやってキーボードを叩いていても、涙がにじんできちゃう。
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おとといの夜おそく、野球部保護者のLINEグループに1ヶ月ぶりに、あけちゃんからメッセージがとどいたんだ。
そのとき、私はお風呂から上がったばかりで、頭にかぶったタオルをわしわししながら、何の気なしにLINEを開いたの。
あけちゃんのアカウントからそれを打ったのが、ダンナさんだと判ったとたん、血の気が引いていくのがわかった。
指先がぞわぞわして、心臓がどくどくと音をたてる。
ダンナさん、何だかていねいな文章でね。
こう知らせてくれたんだ。
あけちゃんが、4日前に亡くなったこと。
以前から療養していたこと。
本人の意志で、家族のみで葬儀を済ませたこと。
早く知らせなきゃと思ったけど、今になってしまって、申し訳ないと思っていること。
1回読んだだけでは、よくわからなくってね、2度も3度も読みかえしちゃった。
あまりにも、現実感がなさすぎて。
だってさ、あけちゃん、つい2週間前にもLINEで話したじゃない。
後輩たちの、夏の独自大会への参加について。
あけちゃんも、参加が認められることを祈るメッセージを入れてたよね。
あのとき、まさか療養中だったなんて。
その2週間後に、ダンナさんがあけちゃんのスマホから、こんなメッセージを打つことになるなんて。
内容をようやく飲み込んで、私は娘に声をかけたんだ。
「あけちゃん、亡くなったって」
「え? あけちゃん? どういうこと?」
鼻唄をうたいながらご機嫌で髪を洗っていた娘の顔から、笑みが消えた。
オシャレでキュートでポジティブで、いつもマネージャーたちを気にかけてくれたあけちゃんのこと、娘は大好きでね。
娘にとって、あけちゃんは憧れの存在だったんだよ。
だからこそ、ショックが大きすぎて、ぽかんとしてしまったんだろうね。
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ダンナさんからのメッセージのあと、誰もグループのなかで発言しなくて、何かお悔やみの言葉を入れなくては・・・って思ったんだけど、茫然としちゃって、何も言葉が思い浮かばなくってね。
かわりに、涙ばっかりぽろぽろぽろぽろこぼれてくる。
しばらくしてから、野球部のグループLINEじゃなくて、よく連絡を取り合ってたふたりと、別のトークルームで話し始めたんだ。
夜中だしスッピンだし、おばちゃん3人、泣きはらした顔で鼻水ズーズーすすりながら、ビデオ通話なんてできないからね。
3人とも涙を拭いながら、鼻をかみながら、あけちゃんとの思い出話を打ち続けた。
夜中まで3時間以上。
何を書いても、何を読んでも、書いても読んでも読んでも書いても、あけちゃんがどこまでも素敵すぎて、こんなことになっちゃったことが悔しくて、とっても仲良しだったダンナさんやこども達のことを置いていかなくちゃならなかったあけちゃんの気持ちを思うと切なくて、涙が止まらなかった。
それは、まるで哀しいお通夜みたいでね。
ティッシュで目をぬぐいながら、あぁ、これって“リモートお通夜”だなぁって思ったんだ。
葬儀はとっくに終わってるし、あけちゃんの身体はきっと小さな白い壺に入れられちゃってるんだけどさ。
ホントは、同じ学年の保護者みんなで集まって、おいおい泣きながら、あけちゃんの話をしたかったし、このやり場のない哀しみを共有したかった。
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私が初めて野球部の公式戦を観に行ったのは、1年生も試合に出してもらえる新人戦で、座った席はあけちゃんの隣だった。
この頃はまだ、選手たちの写真を撮り始めたばかりで、お母さん達の顔と名前も一致してなくてね。
あけちゃん、とってもオシャレで綺麗だったから顔は覚えてたけど、誰のお母さんか判らなくって、改めて自己紹介したりして。
その試合の最中ね、攻撃回が終わって守備についている間も、ずっとあけちゃんは誰にも聞こえないような小さな声で「ガンバレ! ガンバレ!」って祈りながら試合を観てたんだ。
「あぁ、この人はこうやって、小学生の頃からずっとずっと思いをこめて、暑い日も寒い日も応援し続けてきたんだろうなぁ・・・」って思ったら、胸が熱くなったのを覚えてるよ。
この素敵なお母さん達が、いつの日か孫に「高校時代、あなたのお父さんはとってもカッコよかったんだよ!」って見せたくなるような、そんな写真が撮れるように頑張ろう!って、心から思った。
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それから1年以上たって、あけちゃんの息子が公式戦で初めてホームランを打った日、その思い出話をしたの覚えてる?
あのとき、あけちゃんは涙を浮かべて、私にこう言ったんだよ。
「いろんなことがあって、いろんなことを乗り越えて、出来る事を精一杯やってきて、認めてもらえるのって嬉しい! 本当にありがとう。この先もずっと、一緒に応援していこうね! 野球もだけど、こどもの親としても、一緒に見守っていこうね!」って。
当たり前のように、一緒に見守っていけると思ってた。
でも、いま思えばあのときは、もう。
乗り越えたのは彼の故障のことだとばかり思っていたけど、それだけじゃなかったんだね。
どんなときも前向きで、ひたすら選手・マネージャーだけじゃなく、親たちのことまで応援し続けたあけちゃん。
ポツンとひとりでいる保護者には声をかけ、上の学年とも下の学年とも、保護者みんなが上手に関われるように、いつも声かけをして架け橋になってくれてたよね。
寒い日には、熱いコーヒーを。
暑い日には、人の分まで保冷剤を。
手に汗にぎる公式戦の途中には、甘いお菓子を。
オシャレなチェックの保冷バスケットに入れて、「良かったら、どお?」ってとびっきりの笑顔で手渡してくれるんだ。
美容師だから、初夏や秋の週末は成人式の前撮りとかで忙しかったけれど、たとえ30分しかいられなくても、予約と予約の合間を縫って1時間かけて練習試合を観に来てたよね。
どんなときでもオシャレで、ゆる巻き髪をキレイにアップにしてて、スカーフをカチューシャみたいなヘッドドレスにしてた。
まるで海外の女優さんみたいな、素敵なヘアスタイルだった。
ピーカンに晴れた日は、そのヘアスタイルにアドベンチャーハットをかぶってて、それはそれで素敵だった。
「その髪型、すっごく素敵! さすが美容師さん! 朝忙しいだろうに、毎朝巻いてるの?」って尋ねたら、「これ、つけ毛だよー! だから、全然巻く必要なんてないの。簡単かんたん♪」って、キラキラ笑顔で言ってたよね。
まさか、あのときからウィッグだったなんて。
オシャレでつけてるんだとばかり思ってた。
あけちゃん、いつも明るくて、元気で、優しくて。
倒れそうに暑い真夏もグラウンドの階段に腰かけて、みんなで笑いながらお昼ごはん食べてたりしたから、あけちゃんハツラツとしてたから、わかんなかったよ。
「わかんなかったよ」
あぁ・・・過去形なんだ。
私の書く言葉は、もう。
「わかんなかったよ」より、「わかんないよ」って言いたい。
何なら、そんなことも言いたくない。
何もなければ、健康だったなら、必要のない言葉だもんね。
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あけちゃん。
今日はね、みんなで、あけちゃんに贈るお悔やみの花を選んだんだ。
ダンナさんの目に触れないように、LINEにあけちゃん抜きのトークルーム作って。
みんな涙ながらに、あけちゃんとの思い出を綴りながらね。
みんなで一生懸命に何かを選ぶなんて、去年の夏、娘たちマネージャーのために作ってくれた記念Tシャツ以来だった。
マネージャーが、選手とおそろいのものを身につけたがってると知って、マネージャーへのプレゼントとして、3年生全員分作ってくれて。
あけちゃんも目を輝かせながら、Tシャツのデザインやロゴのサイズを、一緒に考えてくれたよね。
あのときは、あんなに楽しくて楽しくて仕方がなかったのに。
今回は、なんて哀しい時間なんだろう。
ここに、あけちゃんはいなくて。
みんなで、あけちゃんの遺影の前に飾られるだろう花を選んでる。
なんて、むなしい時間なんだろう。
あけちゃん。
夏が過ぎたら、野球部の練習を再開するって、きのう発表があったんだ。
バックネット裏に行ったら、あけちゃんが部室の向こうから「おつかれ~!」って歩いてくるような気がするよ。
おしゃれなヘアスタイルで、チェックの保冷バスケットと、息子のお弁当を持って。
みんなと一緒に、カメラを構える私のうしろに座って。
ねぇ、あけちゃん。
もう一度、歩いてきてよ。会いたいよ。
涙ばっかりぽろぽろぽろぽろこぼれてくるんだ。
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