◇不確かな約束◇第10章③ 7年前の忘れ物(最終回)
あのときはね、7年後もずっとシュウのことが好きで、会いたくて、この日を待って待って待ちわびてここへ来るんだろうって思ってたの。
でもね、近づいてくると、だんだん怖くなった。仮に7年ぶりに会えたとして、何を話していいかわからなかったしね、正直。
反芻したくなかったっていうのはね、私も、シュウのことは思い出したくないんだなって思ってたの。でもね、違うって気付いたんだ、ついさっき。
私自身なんだよ、原因は。何もかもね。
だから今日は、それをちゃんと謝るためにここへ来た。
シュウの言うとおり、すごく自分勝手だったよね、私。もちろん、許してほしいなんて言うつもりはないよ。
本当に・・・ごめんなさい。
いやいや、やめてよ。俺ね、別に謝ってもらうために来たわけじゃないよ。若くて自分勝手だったのは、俺も同じだし。
でも、やっぱ・・・痛かったよな。
俺はあの頃、別れるよりは1ヶ月に1度でも会えたらいいのに、そのためにもバイト頑張ろう!って思ってたからさ、やっぱショックだったよね。
一方的にシャッター下ろされたような気がしてさ、つらかった。
卒業式の予行の日とか廊下ですれ違うのも、正直苦痛だったよ。顔も見たくなかった。自分のすべてを否定されたような気がして、腹も立ってたんやろうな。
大阪行ってからも、誰かと付き合ってもまたシャッター下ろされるんじゃないかって思うと、気持ちをどこへ持ってけばいいのかわかんなかったしね。
7年前のあれは、トラウマやったよ。
でも、今はね、もう大丈夫。
大丈夫だから、来るつもりなんてなかったんだ。ついさっきまでは。
もちろん、約束を忘れてたんじゃないよ。何となくずっと、頭のどこかにこびりついたまんまやったから。
来る気になったのは・・・そうだなぁ。きっと、宙ぶらりんのままにしないで、過去の自分にちゃんと決着をつけなくちゃって思ったからかも。
謎解き? ちがうな、答え合わせっていうか。
私が北大を目指すって言ったとき、急に改まって「良ければ、北海道に行っても、俺と付き合ってくれませんか?」って言ってくれたじゃない?
あのとき手を握ってくれてたの、覚えてる?
「俺にそれ言うの悩んだ?」って。
優しかったよね、シュウ。
志望校を言い出せなかった私の気持ちに、ああやって寄り添ってくれたんだなぁって思ったら、泣けちゃったんだよね、あのとき。
シュウの気持ち解ってたのに、私は、別れの言葉と今日の約束だけを置き逃げしたんだね。あまりにひどい、身勝手で一方的な宣告をしてさ。
そもそも好きなまま別れたんだから、シュウにしてみたら、きっとあの日に別れを切り出されるなんて、思いも寄らなかったでしょう? きっと。
あの晩、私、眠れなくてね。
天井を見上げながら、もっと強くなりたい、やさしくなりたいって思ってた。
もしかしたらね・・・私は遠距離になって、シュウの気持ちが自分から離れていくのが怖かったんじゃないかな。いや、そうだよね。怖かったんだと思う。
それを認めるのが怖くて、“勉強に専念する”って、もっともらしい理由とすり替えてシュウに別れを押し付けて、自分だけ逃げ出したんだ。
ずるくて卑怯で甘ったれな自分を見たくなかったから。
最低よね。
最低だよ。
・・・って言えば気が済む?
でもね、俺に、ユキのこと最低って言う資格なんかないんだ。俺も最低やったから。
最低な自分がイヤになって、ひとりでもがいて苦しんで。今、ようやくそこから出られたような気がしてる。
俺な、今、気になってる人がいるんだ。同じ会社の元カノなんやけど。
その話、してもいいかな?
シュウは言葉を選びながら、カナさんという元カノの話をした。
入社当時の出会いや、強くて可愛らしいカナさんの話、そして東京転勤と今のプロジェクトについて。
彼女が転勤するときには、シュウは引き止めたんだ・・・って思うと、何とも言えない気持ちになる。
私の時には「なんでそうなるんだよ」って言ったきり、ずっと黙りこんじゃったのにね。
ちゃんと悩んで苦しんでカナさんと向き合って、送り出したんだね。
カナさんもシュウも、私から見たら何だかすごく大人に見える。
彼女の話をするときは、何とも言えない目をするんだね。見たことない、こんな顔。
まるで、知らない大人の男の人みたいだよ。
いとおしくて、せつなくて、狂おしい、恋する男の顔。
彼女のこと、好きなんだね。
そう思った瞬間、胸の奥がぎゅっとなる。
おかしいな。
7年前、ここに置き去りにした想いが、よみがえる。
「まもなくラストオーダーですが、よろしいですか?」
ねぇ、シュウ。
LINE、もう一度、交換しよ?
私ね・・・うーん。言葉が難しいなぁ。
何て言ったら伝わるかな。
もう一度、シュウに出会いたいって思ったの。
出会い直したいなって。
なんだろう。カナさんのことも聞いたし、今さら私と・・・なんて思ってないけど、やっぱりまた会いたい。もっといっぱい話したい。
もちろん、今は友達として、ね。
時間、足りないよね? もう1軒、行く?
そうだね。足りないよな。
そりゃあ、7年分やからね。
でも、話し足りないくらいで、ちょうどいいんじゃない?
俺、今日、来てよかったよ。
あの時のユキの気持ち、俺、全然解かんなくて、正直許せない!って思ったときもあったけど、ちゃんと気持ち聞けたから。
7年越しやけどな。
それに、ユキに聞いてもらったおかげで、自分の気持ち、ちゃんと整理できたような気がするから。
ありがとな。
ちゃんと、カナと話してみるよ。
「ちょっと寄るとこあるから、ここで」
「おう。じゃあな」
足早に家路を急ぐ人たちにまぎれながら、シュウは横断歩道を渡っていく。
いちども振り返らずに。
その真っ直ぐな後ろ姿は、改札の人混みの向こうで、次第に見えなくなっていく。
つま先立ったまま見送って、私はそっとため息をついた。
寄るとこなんか、ないよ。
7年前の忘れ物は見つけたけれど、私はまたこの街で、何かを失くしてしまった。
あぁ。いい顔してたなぁ。
シュウが幸せでありますように。
ぬるい風が頬を撫でた。星は見えない。
胸にひたひたと何かが押し寄せてくる。
新宿の夜は明るすぎて、うまく泣けない。
完
※ リレー小説◇不確かな約束◇の参加作品です。
これまでの話は、こちらから↓
※ この小説には、別バージョンがあって、
シュウとユキが、パラレルワールドのように
別の世界で生きています。
《しめじ編》は、こちらから↓
ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!