ローマ・イタリア史⑲ ~中世キリスト教文化~
中世ヨーロッパ文化の核となったのは何と言ってもキリスト教である。学問では神学が他の諸学問の最上位に位置付けられ、スコラ哲学と神学を究めたトマス・アクィナスは「哲学は神学の婢(はしため)」という有名な言葉を残した。北イタリアのボローニャには世界最古の大学が開かれ、自由七科(文法・修辞・論理・数学・音楽・幾何・天文)の上に、専門三科(神学・哲学・医学)が置かれた。西ローマ帝国滅亡後のイタリアは相変わらず分裂状態ではあったが、ラテン語は欧州共通の学術用語として通用し、北イタリアの諸都市は文化面では先進地域の地位を保っていた。
美術・建築分野ではドーム(大天蓋)とモザイク壁画を特徴に持つビザンツ様式から、厚い壁と小さな窓と円形アーチを特徴とする11~12世紀の重厚なロマネスク様式、空高く突き上げる尖塔と薄い壁や広い窓やステンドグラスが特徴的な13~14世紀のゴシック様式に至るまで、いずれも教会建築が美術の世界をリードした。それぞれの時代のイタリアの代表的建築としては、北イタリアのラヴェンナに残るビザンツ様式のサン=ヴィターレ聖堂、斜塔で有名なロマネスク様式のピサ大聖堂、巨大なゴシック様式のミラノ大聖堂がある。もちろん全てキリスト教会である。
音楽の分野でも教会の影響は大きかった。9~10世紀ごろに成立したとみられるグレゴリオ聖歌はキリスト教の典礼に組み込まれて各地に広まった。やがて現在の長調音階(メジャースケール)や短調音階(マイナースケール)に繋がる教会旋法(チャーチモード)が生まれ、音程と和声(ハーモニー)の概念が加わり、当初は単旋律だった聖歌は徐々に複雑な進化を遂げる。絵画の分野でも聖書の物語を描くフレスコ画が主流であり、それ以外の題材はほとんど見られない。何をおいても教会が文化の中心であり、学問も建築も美術も音楽も、その枠の中で発展してきたのだ。
日本の古代・中世文化にも仏教の影響は強く見られるものの、ヨーロッパ中世のキリスト教ほどの求心力は感じられない。これは風土の違いなのか、それとも多神教と一神教の違いなのか。いずれにせよ、興味深い相違点であることは確かである。