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藍さん

藍の種を分けてもらい
ベランダのプランターで育てた
まだ寒さの残る春先に植えて
桜の舞うころ発芽した
桜に祝福されるような芽吹きだった
小さな双葉がいくつも育ち
間引くだけになるのは忍びなく
プランターを一つ増やして植え替えた
双葉たちも喜々と はしゃぐようだった

水やりは父の日課になった
わたしが育てはじめたのに
土が乾いて 藍さんの元気がないと
父を詰ったりもした
父はハイハイと受け流し 淡々と水をやり
藍さんも素直にすっくと身を起こした

梅雨かと思えば すぐに猛暑の夏が来て
藍さんも下葉を枯らしたが 青々と育った
はやく生葉染めをしなくてはと焦ったが
人間のほうが しおれてしまい
ようやくお染めができたのは
お盆を過ぎたあとだった

葉をすすいだあとミキサーにかけ
その溶液で生葉染めをする
緑のどろどろした液体から
空気と水にふれると青くなる不可思議は
一瞬の魔法のような出来事
暑さにすこし草臥れたような
透明の奥にどこか渋みのある藍色に染まった
わたしが誇ることではないのに
染まった青い指先も どこか澄まし顔だった

大地から離れた ちいさなプランターのなかで
藍さんは育ってくれた
こんなところでしか育ててあげられず
ろくにお世話もしないままの
いただくばかりで申し訳ない思いだが
藍さんは したたかにしなやかに無量だった

そのちからには 目を細めつつ 眼を瞠る
一粒の種に 一葉の葉に
どれほどの 色といのちがこもるのか
途方もない宇宙のようだ
藍さんの秘める藍色は
宇宙の闇の 和らげられた色なのだ

プランターに残されたほうの藍さんは
そのあとも ひょうひょうと青々としていた
朝夕涼しくなって 金木犀の香るころ
こまかな薄赤の花をつけた
藍さんの緑のからだのなかに
青も赤も含まれていたこと
光の三原色みたいだと ふと思う
咲ききった藍さんは種を残した
今生の記憶は 次の春また芽吹くだろう


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