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供
「私は料理人です。
ただ、ここでは、つくるそばから〈向こう〉へ消えていきます。
こぼれるそばから海水へ溶けてゆく人魚の涙のように。
こちら側では、食すことができないどころか、料理人の私自身、何をつくったかも、忘れてしまいます。
ですが、最近、ようやく、記憶に残るようになってきました。
自分の成したもの、為したことを、僅かばかりですが、知るようになったのです。
それは、大海原から、あこや貝の一粒の涙を発見するようなもの。
私だから、私のしごとを見分けられるだけのことです。
ただ、〈向こう〉の方々なら、決して、見逃しはなさらないものです。
私も、〈向こう〉へ近づいたということなのでしょうか。
そのときが来るまで、つくりつづけます。
あなたは、詩人でいらっしゃるのですね。
あなたも、つくりつづけるだけでしょう。
砂に消える詩を、波音に消える歌を。あたうかぎり、美しく。
連れ合いはフレスコ画家ですが、空にも描いていますよ。
彼は、ずいぶん、世の美しさに寄与しています。
えぇ、そうです。私は、供物料理人です」