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母衣

母衣

魅力のあるもの、美しいものに心ひかれるなら、それは誰だってできることだった。そんなものは愛ではなかった。色あせて、襤褸のようになった人間と人生を棄てぬことが愛だった。

遠藤周作『沈黙』

「母衣」と書いて、「ぼろ」と読むそうです。
ぼろ(襤褸)が、母衣、母の衣だというのです。
「襤褸のようになった人間と人生を棄て」ず、包むのも、母衣なのかもしれません。

「母衣」という言葉は、志村ふくみ先生から教わりました。

ふくみ先生の、『母衣への回帰』展の、《母衣曼荼羅》は、圧巻でした。
ふくみ先生の実母、小野豊さんの遺した糸を使って、織り上げたそうです。

白く浮かび上がるのは、経と緯の十字。
これは、曼荼羅でありながら、十字架なのだと思いました。
受苦であると同時に救済のしるし。
初めから救われていることのあかし。

経糸と緯糸で織られる衣――衣織りは祈りなのだと、しかと思いました。
そして、藍色は、深い愛の色なのだと思いました。

里みちこ やさしいこころ

目のみえない
子どもの服に
刺しゅうする母

耳のきこえない
わが子を抱いて
子守歌を
うたう母

詩人・里みちこさんの、この詩を初めて読んだとき、「わたしのために書かれた詩」、と思えて、はからずも号泣してしまいました。 

詩は、時空を超えて届きます。
以下、オマージュの詩を書きました。

みずのほ 母の目

背守りを
子に見えずとも
飾り縫う母

(一目毎 針をくぐらせ
祈る如 まもりを入れて
吹き荒ぶ北風を睨み 慰め
漂浪した魂の目印ともなるように)

背守りとは

子どもの健やかな成長を願い、母親が着物の背中に飾り縫いを施した「背守り」。背に縫い目のない子どもの着物は背後から魔が忍び込むとされ、魔よけとして付けられました。

背守り――子どもの魔よけ

小話 「背守り」

以前には、背守りの小話も書きました。

小話の「背守り」も、里みちこさんの詩「やさしいこころ」の返歌として書いたものです。
読み返すと、文章の拙さには情けなくなりますが、おもいは変わりません。
今回は、詩になりました。

まもりとは、目護り、魔守り、真母里、かもしれません。
言葉遊びですけれど。

詩人・里みちこのうたう「母」

里さんの詩には、他にも、「母」の描かれている「母の瞳」「母の字は」という詩もあります。
どちらも好きな詩なので、紹介します。

里みちこ 母の瞳
里みちこ 母の字は

画像はいずれも、Facebookから引用させていただきました。

みずのほ 母子

吾子の名を
呼ぶともなしに
呼んでいる母

母を
母と呼べぬまま
呼んでいる子

おわりに

拙詩「母子」の〈子〉は、どのような〈子〉として読んでくださったでしょうか。
書いたわたし自身、わからないのです。

胎児でしょうか。
生まれて間もない赤子でしょうか。
生きるために気管切開せざるをえなかった子でしょうか。
ママとは呼べても母とは呼べない幼子でしょうか。
ババアと呼び捨てる反抗期の子でしょうか。

(おかあさん)と、声にはならず、胸のうちで、遠くの母に呼びかける、心もとない子でしょうか。
その子は、母を亡くした子でしょうか。

すべての子と母、妣(なきはは)たちへ

母の日
母と
この日初めて母になったひとと
彼女を初めて母にした子にも寄せて

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