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天女
初めて上司にBさんを紹介された時の印象を、今もよく憶えている。
「この人Bさん。あなたが入るまでここで一番若かったのよ〜。歳はヒ・ミ・ツ😉」
といたずらっぽく笑った上司も愛らしいかただったが、苺の花のように頬を染めて
「よろしくお願いします」と言ったBさんはほとんど少女のように初々しくて私はどきどきしながら
「よろしくお願いします」と頭を下げた。
美っ人だなあ〜…。この女性(ひと)、ほんとに私より年上なんだろうか?上と言ってもせいぜいひとつかふたつだろうな。
基本的に一人現場なのでほかの人たちと顔を合わせるのは月一の会議の時だけ。
会議といっても上司たちの自腹で豪華なお菓子がたんと振る舞われる楽しみなお茶会のようなものだった。全員シルバー世代の女性で仲良し。なのでみんなウキウキ。
当日はそれぞれの持ち場の報告から。とはいえ冷蔵庫がもう三十年選手で麦茶が冷えないだの、トイレが一箇所ずっと壊れててお客さん困ってるわといったのどかな報告に花を咲かせ、本社から来る偉い人に「えーじゃ皆さん、熱中症には気をつけて、くれぐれもケガのないようお願いします」とゆる〜く〆てもらってという。
Bさんは私の2回目の参加あたりからなぜか隣に座るようになった。
ある会議後の歓談中、私はふと可愛い彼女をからかいたくなりこそっと「ねえ、総括はナイショって言ってたけどホントはおいくつなんですか?絶対誰にも言わないから」Bさんはまたしても恥じらいながら「誰にも言わへん?(関西出身)」私「絶対言わない(もちろん、その約束は守った)」
が、その年齢は私の想像を軽く突破した。驚いた私は後輩であることも忘れ(彼女がなんか懐いてきていたのもあったが)ついタメ語で小さく叫んだ。
「ウソ⁉️だってあんたどう見たってせいぜい32…」
ちなみに私は当時40台後半。Bさん、絶対にありえない見た目と実年齢の差であった。
私は更にからかいついでにニヤニヤ訊いた(ほんとすいませんBさん)。
「結婚されてるって聞いたけど、もしかして旦那さまって若かったりして?」
Bさんはさらに赤くなり、誰にも言わへんでね、と念を押してから
「あのね。十こ下やん」
「やっぱそうなるよねーそりゃ。その見た目と可愛さなら落ちるわ〜」
「いやや、もう南条さん…」私は、一瞬マジに口説きたくなっていた。
美人でほっそりして小柄で無口で恥ずかしがり屋。高学歴とか頭のいいタイプではないが純で素直。なんかもう即、守りたくなるタイプ。
が、私はある日彼女の聖性に出会う。
会議の日、皆さんそれぞれ早めに仕事を終わらせて会場となる控え室に集合する。
私のいるビルはその拠点でもあった。
私はまだ新人で、手が遅い。早く終わらせてお茶淹れなきゃなのに、廊下清掃が一本終わっていなかった。
会議室へ向かう皆さんにお疲れ様です、と頭を下げて作業を終わらせようと頑張った。
そこへ最後に一人Bさんが来て、私の状況を見るや物も言わずに道具室へ入ったかと思うと業務用ワイパーを持って出てきた。
「あとここ一本だけやんな?」
「はい」
そして一緒に清掃してくれた。その速いこと‼️衝撃のカッコよさ‼️
あのなよやかな彼女が、一陣の風の如く手伝ってくれてあっという間に業務を終えることが出来た。
だまって。
ただ一人だけ、のろい新入りのために。
「ありがとうございました」私は深く、その天女に頭を下げた。
Bさんは「ん?」という顔で、はよいこ、今日お菓子なんやろなあと笑うのだった。
まれにそんな人に出会うことがある。
どんなに知識経験がある人よりも、学歴やお金や地位がある人よりも、そういう人にいつも教わる。
たとえば映画のフォレスト・ガンプはばか扱いされているが、その能力は超人的で、行動に裏表がなく、ハートは澄み切っている。それに人々が心動かされていくお話だ。
Bさんのようにいつも穏やかで、とっさの行動に裏表のないひとは本当に聖人。天女だ。
なら若く美しいまま、年を取るわけもない。
何かあった時、とっさに我が身をかえりみず他人を助けられるか?
無視や自己保身や計算をまったくせず瞬時に。
あ、こないだ意地悪なこと言ったからこの人には意地悪を返そうとか、この人には関わらないでおこう、だなんて考えずに。
何も考えずに。
そんな小さな心のトゲを無視してホーリー・フールのように物事が出来る時、とてもうれしくなる。手抜きせずきれいにした場所に帰ってくる人やそこを通る人がほっとして浮かべる笑顔を、想像できてうれしい。
トゲはいつのまにか、一枚の羽根に変わっている。
よかった。今日も出来た。ほんの小さなことだけど。
そろそろ私も休憩しよう。