最高の上司のあり方
私にとっては、現実ではただ一人しかいない。
亡くなった彼女を忘れた日はない。
誰よりもきつい業務を笑ってこなし、障害者の私を「あなたちゃんとできてます!」と引き留め本社に交渉し、やっぱり笑ってお茶の時言った。
「で、水宮さんって嵐だったら誰推し?え?テレビ見てないのお?えー、お酒好きなんだあ、いいなー私もワインとか飲んでみたいー🩷」
彼女はそういう人で、敷地内の野良猫の子猫たちまでぴょんぴょん足元に飛びついてくるような。「あらあらあらあら」。えさをやったりしてはいない。少し離れた所で母猫が満足げに見守ってたという。あらゆるお客様に、部下たちに、同僚に愛された。彼女はとってもエラいのに、そういうエラいって意識がまるでゼロ。
書いたかな。彼女が突然亡くなることが前もって分かったこと。でもどうすることも出来ず、逝ってしまわれた。お棺には、彼女の飲みたがっていたワイン、手が届く限りのいいやつと、彼女のカラーと同じ薔薇を捧げた。私は泣かなかった。泣いたら失礼だ。耐えた。
そこまで出来る人は稀有だ。一生このひとの下にいたいと願わせるほどのひとは。
カネ?いらないよ。そんな汚ねえ話すんなよ、私は残りの生涯このひとにあげたいんだ。
彼女の笑顔の邪魔をするな。それを護りたい私の邪魔をするんじゃないよ。
ふと思い当たったのは、宮崎駿作の原作版「風の谷のナウシカ」のクシャナ妃殿下だ。
あれのアニメ映画は私にとって意味はない。原作をすべて映像化するのは不可能だったろうし、それはいい。
原作版でのクシャナは、単なる侵略者などではない。非常に人間的で、クサいほど部下たちを想い、部下たちのためなら自分の命などなんでもない。なればこそ父王や兄王子たち(血は繋がっていない)は彼女を恐れ暗殺を企てる。優秀な部下たちに支持される彼女はいない方がいいから消したい。クシャナはそれも先刻承知だ。
部下たちはほとんど焦がれるように彼女になびき従い、喜んで命を賭ける。まず先陣を切って命をかけているのが彼女だと、痛いほど分かっているからだ。そういう軍隊に怖気付く兵士などおらず、彼らは実にいきいきと働く。彼女は会議であれ戦場であれ、いつもいるのだ。安心して、ゆける。誇りをもって。仕え甲斐があるかどうかなんだ。
彼女が亡くなって、私は辞めなかったが私生活は荒れた。肉親などよりよほど信じ愛したひとがいない世界など、と。
私は夫をひどい形で喪っていたから結婚も彼氏ももう沢山だったが、ある日彼女がふっと言った。彼女も私同様、若くして旦那さまを亡くしている未亡人で、女手一つで二人の子を育て上げた。可愛い孫も生まれていた。
「そーゆーのってね、ご縁で分かんないものなのよ。いいひと出来たら教えなさいよ?」
そう言って笑った。私は「もー。イヤですよそんなん!」とふくれたが、彼女は不思議に笑っていた。
そういうオフのやわらかさ。子猫たちまで夢中になるような。
仕事?
清掃のオリンピックみたいな全国大会が存在する。
おがくずがたっぷり撒かれたスペースをすべて掃除し、モップがけし終わるまでのタイムを競う。彼女はその全国大会に出場するほどの選手だった。60半ばを越えても一番キツイ現場に行っていた。例えば日産の広大な工場「一人で全部」とかだ。始発に乗って。ごはんを食べる時間もない。それで彼女が文句を?いえ。一言も。「キツかったあ」って笑うだけ。
彼女はいま、旦那さまと一緒にしずかな霊園に眠ってる。
夫・T兄が秋に帰る。彼に出会ったのは彼女の死後だ。
二人で墓前に報告に行く約束をしてる。総括、ほんとでした、貴女の言う通りでした、ご縁あったよ。いいひとできたの、このひとです。素敵なひとでしょ?
今もずっと大好きです、貴女って最高!
と言いに、やっとゆける。
貴女は私の魂を救い、騎士の誇りをくださった。それはどんな宝石よりまばゆいご褒美です。
許してください、貴女の死を伝えられなかったことを。