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ふてくされBLUES

『探偵ナイトスクープ』をいつも楽しみに視ている。先週は西田敏行さん追悼特集。西田さんが局長だった頃選ばれた傑作集。私は近年視だしたので知らなかった。
最初の一つが、ものすごい内容だった。


18歳の男性が、「お父さんが僕ら子どもたちには話すけどお母さんに話しかけるのを物心ついてから見聞きしたことがない」と言う。

探偵は竹山隆範さん。詳しく訊くとお母さんのほうは話しかけるが、完全に一方通行という。
定点カメラで居間を映すと確かにお父さん、(18歳の相談者が末っ子)子どもたちには自分から積極的に話しかける。が、妻であるお母さんには一言も話しかけない。お母さんの日々の挨拶も完全シカト、なんの気もなく優しくふつうに話しかけたりされても全無視。スルー。そのあからさまさが異様すぎて竹山探偵もスタジオ観覧席も「マジか⁉️」と騒然。


さらに上の姉たちに訊くとやはりお父さんはお母さんには話しかけない、聞いたことがない、よそもそうなのかと思ったら友達の家やドラマでは違うのでうちは変なのかなと思って育ったと言う。
その年月、四半世紀に近い。
お母さんに訊いても、妙なケンカもしていないし…と言う。ただ、もうみんな子どもたちも大きくなったしいずれお父さんと二人きりになるのだと思うと、寂しい、と言う。普段のお母さんには穏やかに笑っているようだった。そうして二十年以上、無視されて過ごしてきたのだ。



探偵が真相をお父さんに聞き出すと、もっと驚きの答えが返ってきた。
つまり子どもが生まれて子ども中心の生活になり、なんだかその、「スネてしまった」。
そのまま引っ込みがつかなくなり二十年以上話しかけられても無視してきている、と。探偵、観覧席、さらに騒然。


彼女を嫌いなのではない。逆。大好きなのに子どもばかりで僕にかまってくれないじゃないか。そのスネた、不貞腐れた気持ちが固まって、人生の後半をそんなふうに彼は過ごしてしまった。
よその大事なお嬢さんを貰ったわけだ。そして三人も子どもを産んで育ててもらい、自分にもずっと優しくしてくれている。その彼女に20年以上、不貞腐れスネ通した。
私は100人のIKKOさんをその場に連れてって

「どんだけどんだけどんだけどんだけどんだけーーーーー‼️‼️‼️‼️‼️」

と、人差し指を立てて振りたくなった。


その間のお母さんの気持ち、ひいては子どもたちの複雑な気持ちは想像に難くないが…。
お父さんは勇気を出して番組お膳立ての初デート場所で、彼女に話しかける…。感謝してます、これからもよろしくお願いします、と。
お母さんは笑ってありがとうございます、と答え、隠れて見ていた子どもたちは泣きながら笑った。
探偵も、スタジオの(とくに男性の)若い探偵たちも涙を流して泣いていた。私も爆泣き。
優しい家族はスネてたと告白した父親、夫を、なあんだーと笑って許したのだ。凄すぎる。気軽に優しすぎる。
ごめんなさい‼️許してください‼️
という叫びが、泣いた人たちの心にこだましたのだろう。私はそうだった。



「スネる」「不貞腐れる」しかもそれで「引っ込みがつかなくなる」ということ。
このお父さんもすごいが、これってよくあることかもしれない。
自分にも思い当たるフシありありだし、された思い出も山ほど。このお父さんのようにハゲて、残毛が白髪になってもまだやってるケースも見る。


スネてふてくされていることは、本人のプライドだの威厳だの沽券を守ってくれるかもしれない。本人的にだけは。
でもなんの咎もない家族や周辺に、その人はメガトン級の重荷を負わせてきているはずだ。そして何よりも、本人自身に。



思い当たるフシが誰にもあるから、みんなは大団円に泣いたのだ。
和解にホッとして、うれしくて。


若い頃の私も家族や周囲にスネ倒してきた。
そして私の身近な人たちも。しかしどんな人でも中年以降はふてくされに体もついてこなくなり家族や味方も死んでいくのでしんどくなる。本当に孤立する確率が高くなる。それは分かってる。分かってるし何よりもそれが恐い。けどもう戻れない。と、決めつけてしまっている。もうどうしようもないんだ、変わるなんて出来るわけがないと。
そのカチコチの固く悲しい思い込みを、後生大事に握りしめて離さない。そういうのは執着というのだが。


一人ぼっちで生まれた意味を疑いながら死ぬ。
それが一番、恐いんだ、とアメリカで最も危険とされる凶悪犯罪を犯した囚人は、若き日の加藤諦三さんのインタビューに答えた。
「あなたの最も恐れることはなんですか。」
「おれはもう何も恐くはない、だが…」
その最後に、そう言ったのだ。
「生まれた意味を独り、疑いながら死ぬ。なんのために生まれたのかと。
おれはそれが一番、恐いんだ」


別に犯罪を犯さなくても、日常生活にそれは潜む。自分や自分の周囲に。


 
ほんの小さなねたみ、そねみ、掛け違えた思い。自分だけこんなひどい思いをするなんて…と。自己否定する人間は必ずその自分勝手な悲しみ、やがてそれが腐って生まれた怒りや憎しみを抱き、他者を傷つける。
目に見える形でも、見えない形でも。


お前は一人ではないよ。ご覧。
お前はほんとうは、どうしたい?
どう在りたい?
そう「ヒトではない大きななにものか」にいつか聞かれた時、心は決まった。
もう本当にやめて変わろう。
気持ちよく生きて死にたい。そう在りたい。幸せになるために生まれてきた。ほかの誰もがそうであるように。
それに今すぐそうしないと、また誰かを傷つけることになる。もうやめるんだ。


笑いかけ、挨拶するのはそんなにプライドが崩れてつらい?
そんなのはプライドではない。
くずだ。
くずを捨てると、その人は病気もトラブルも悲しみも不幸も捨てることになる。
その人は美しくなる。
夫は、近ごろとみに美しい。

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